第4章 ブラウニー裁判

第16話 ブラウニー裁判①


「それでは、今から……」


 レイモンドは長いテーブルの一方と、その対岸に座っている面々を見わたして、ちょっとためらいがちに言いました。


「話し合いを始めたいと思います」

「裁判だ」


 間髪入れず口をはさんだのは、テーブルの長辺を一人で独占し、腕組みをしているブラウニーでした。灰色のひげをもじゃもじゃと生やし、茶色のとんがり帽子をかぶったこの妖精は、レイモンドの半分ほどの背丈しかありません。しかし、態度はその反対です。


 レイモンドはパセリと一緒に、テーブルの短辺のところに座って、ちょうどお誕生日を祝われる位置にいるのですが、ブラウニーがいるのはレイモンドから見て左にあたります。右側の長辺で窮屈そうに並んで座っている三人は、未だにブラウニーの姿を信じられないといったように見つめていました。


「本当に、こんな妖精があたしたちのうちにいたのね」


 興味津々なのは、赤いスカーフを頭巾にしているおかみさんです。魔女が家族全員のまぶたに軟膏を塗ってあげたので、今まで見えなかったブラウニーの姿が、一時的に見えています。


「俺は、妖精ってもっと綺麗なもんだと思ってたけどな」


 ほっぺたとおでこにニキビのあるこの家の息子は、ちょっと背伸びがしたい年頃です。後で魔女にニキビ薬について聞いてみようと画策しています。


「裁判って、何をするんで?」


 修理工をしている筋肉質な旦那さんは、少し眠そうでした。仕事が終わった夜に、この裁判は開かれています。本当は今すぐお酒を飲んで寝てしまいたいのでした。


「決まっているだろう。お前たちの罪を裁くのだ」


 ブラウニーは怖い顔で言います。


「罪って……あたしたちが、何をしたって言うんです?」

「ふん、お前たちはわしを不当に働かせ、感謝をしなかった。わしのおかげでずいぶんと楽ができたにも関わらずだ! これを罪と言わずに何と言う?」

「感謝って言っても、あたしはよく、ミルクを置いておいたじゃないですか」

「最初だけな。それからは木の実だのそのへんの枝だの、鳥の羽根だの、くだらないものしか置いていなかったじゃないか!」

「木の実は美味しいですけどねぇ」


 パセリが小声でレイモンドに話しかけました。レイモンドは、しー、と人差し指を唇に当てましたが、ブラウニーには聞こえていたようでした。


「わしにとって、木の実なんぞ何の役にも立たん。お前たちは、わしに文句を言われないのをいいことに、お礼をおこたり始めたのだ。だがこの木のテーブルだって、わしがいなかったら買えなかったんじゃないのか、どうなんだ!」


 ブラウニーは、小さなこぶしで、テーブルをどんと叩きました。


 旦那さんは、困ったように頭をかきます。


「これは俺っちがもう使わないっていう古いテーブルを直して、うちに持ってきたもんでさ」

「それができたのも、わしが家事をして時間を作ってやったからじゃないか」

「まあ、それはそうかもしれねえけどよ……」

「言いがかりだろ、こんなの」


 ぼそっとつぶやいたのは、息子でした。


 ブラウニーの眉がますますつり上がったのを見て、レイモンドは慌てて、話に介入することにしました。


「お話を整理させてください。まず、私はこちらのご家族から、最近不幸ばかりが続いているとご相談を受けました」

「ええ、あたしが相談しに行きました」


 おかみさんが、ぐいと胸を張りました。


「そこで私がおうちにお邪魔してみると、ブラウニーのいた形跡があるのに、本人がどこにもいないということがわかりました。ブラウニーの去ってしまった家は、不幸になると言われています。それをお伝えすると、ブラウニーに戻ってきてもらう方法を探してもらえないかと依頼され、このおうちに暮らしていたブラウニーである、ダンさんを探し当てました」


 ふん、とブラウニーのダンが鼻を鳴らしました。


「ダンさんに、家に戻ってきてもらえないかとお願いしたところ、ご立腹であったダンさんからは、話し合いをすることができれば考える、とのご返答をいただき……」

「こいつらに罪を償わせることができれば、考えてやらなくもないって言ったんだ! これは話し合いなんかじゃねえ、裁判だ、裁判!」


 ダンは足を踏み鳴らしました。


 レイモンドは、耳をぺたんこにして怯えてしまっているパセリを見て、テーブルの上で両手の指を組み合わせました。


「ダンさん、どうか落ち着いて、冷静にお願いします。裁判にも、被告が話す時間と、原告が話す時間、弁護人が話す時間と、それぞれ決まっているではないですか」

「そうだなあ、このじいさんは怒ってばっかりで、結局何がしてほしいのかさっぱりだってんだ。俺っちはそもそも、この家に不幸が続いてるって話も初めて聞いたぞ」

「あんた、何を言ってるんですか!」


 おかみさんが悲鳴に近い声をあげました。


「この家は十日くらい前から、悪いことばっかりですよ! 鍋はなくなるし、息子は悪い友達と付き合うし、あたしは転んで足をくじくし!」

「うるさい! いちいちでかい声出すな!」


 息子が噛みつくように叫び、おかみさんは驚いたように固まりましたが、


「親に向かってその口ぶりは何なの!」


 息子そっくりの顔で怒り出しました。

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