第15話 花を愛でる巨人⑥

 テアが暗い気持ちになっていくのとは反対に、リュペスは嬉しそうな表情をしていました。


「テアさんの歌はね、ここまで聞こえていたんですよ」

「……え?」


 その声のあたたかさに、テアはリュペスの目を見ました。まんまるな目は、テアを映してきらきらと輝いていました。


「ここは私の大好きな場所です。お花がたくさん咲いていて、あなたの歌が聞こえるから。あなたがあの小島で、本番のために一生懸命練習している姿を見ることができるから」


 誰かに練習中の歌を聞かれていたなんて、テアは考えたことがありませんでした。


「私はその姿に、いつも元気をもらっていました。あんなに上手に歌える女の子がいるなんて。すでにとっても素敵なのに、もっと頑張っているなんて。私も頑張ろうって思いました。あの子に恥じない私になりたいと思いました」


 こんな風にまっすぐ思ってくれる人がいるなんて、考えたことがありませんでした。


「あなたは私の憧れです。落ち込んで当然です、それだけ頑張ったってことなんだから。でも、よければ、また歌ってほしいんです。また、あなたが楽しそうにしているところが見たいんです。ずっと、ずっと応援しています」


 大きな大きな愛がずっと掲げられているなんて、考えたことがありませんでした。


「……ありがとう」


 テアの胸に、熱い思いがせりあがりました。


「ありがとう。ありがとう。ありがとう……」


 リュペスが慌てているのがわかりましたが、涙はどんどんあふれてきました。レイモンドたちも心配してくれています。


 テアは涙を流しっぱなしにしたまま、リュペスのほうにきちんと身体を向けました。


「ごめんなさい、私は、あなたを疑っていたわ。邪な思いで、あなたを汚してしまった」

「仕方ありません。私はサイクロプスで、あなたはニンフですから」

「いいえ、あなたのような素敵な子、どんな種族であろうと関係がないわ。でも……どうしてあなたは、こうやって私に想いを伝えようとしてくれたの? 傷つくかもしれないって、思わなかったの?」

「そ、それは魔女さんに、すごく助けていただいたから……」


 リュペスの目がレイモンドを見ます。


 レイモンドは笑って、手をふりました。


「もともとは、リュペスさんが私のところに来てくれたからではないですか」

「そうよ、あなたが思い立ってくれたからこそだわ」


 三対の目からじっと見つめられて、それまで饒舌だったリュペスは、また口ごもってしまいました。


「ええと、え、ええと……確かに、もしかしたら会わせてもらえないかもとは思っていましたが……私のことは、私が決めたいと思ったので……」


 どこかで聞いたことがある台詞です。


 レイモンドとペトロニーラは顔を見合わせ、テアを見ました。彼女も呆然としていましたが、ゆっくりと、その唇が弧を描きました。


「ねえ、リュペスさん。もっとお話しさせていただいてもいいかしら」

「えっ、ええ? でも、私は……」

「私たち、きっと仲良くなれると思うの。例えニンフと、サイクロプスでも」




 帰りは一人でも大丈夫だというテアを残して、レイモンドたちは帰途につきました。


 テアもリュペスも、魔女にとても感謝していました。何か困ったこと、自分たちが協力できそうなことができれば、いつでも言ってほしいと言ってくれたのです。


「きみも加わらなくてよかったのかい? 女性陣で話に花が咲くこともあるだろう」


 レイモンドは、飛んでいるペトロニーラに声をかけました。


「今度お誘いすることにします。またお会いしたいです」

「きみはリュペスさんのことを、最初からとても気に入っていたね」


 ペトロニーラは、レイモンドの肩にとまりました。


 花畑のある岩山の上を振りあおぎ、穏やかな声でつぶやきます。


「頑張っている人を応援したいのは、私だって同じですから」

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