第14話 花を愛でる巨人⑤


 数日後、リュペスとテアの面会計画が実現しました。


 レイモンドとペトロニーラがテアをつれて、リュペスに指定された場所に行ってみると、またリュペスが両膝を合わせて座り込んでいました。


 周囲は色とりどりの花が咲き、じゅうたんのようになっています。よく見ると、リュペスは花を踏みつぶさないように、絶妙な位置を選んでいるのでした。


 レイモンドたちに気付くと、リュペスは顔を赤らめ、それでも一つ目がきゅっと結ばれました。笑ってみせたようです。


「はじめまして。私はテアよ」


 ずずいと一歩前に踏み出して、テアは名乗りました。


「は、はじめ、まして……私はリュペス、です」

「リュペスさん。お会いできて光栄だわ。私に会いたいというのはあなたでいいのね?」

「は、はい……」

「何のご用があるって言うのかしら?」


 テアはとっても強気です。きっとテアが穏やかに聞いたとしても、もじもじしてしまいそうなリュペスは、その大きな体を縮こまらせてしまいます。


「ええと……そのう……」


 レイモンドと、その肩にとまるフクロウ姿のペトロニーラは、助けたい気持ちを我慢して、リュペスを見守っていました。ほかならぬリュペス自身が、自分でテアに想いを伝えたいと言ったからです。


「まず、わ、私の手に、乗ってもらってもいい、でしょうか……」


 ためらっていた割に、言うことはなかなか思い切っています。しかもこれは、最初のステップにすぎないみたいです。


 テアもこれには驚いたようでした。


「あなたの手の上に、私が乗れって言うの?」


 リュペスはこくりとうなずきます。


 テアは用心ぶかくたずねました。


「……どうして?」

「見せたいものが、ある、からです……」


 テアはすぐに言葉を返すことができませんでした。サイクロプスのてのひらは大きくて、確かにテアを乗せることができそうですが、問題はそこではありません。


 サイクロプスに握りつぶされでもしたら、ニンフとはいえ無事では済まないでしょう。


「だめ、でしょうか……」


 テアが黙っているので、一つ目がうるみます。テアは罰が悪そうに、顔をそらしました。


 その時、レイモンドが口を開きました。


「リュペスさん、私もテアさんとご一緒してもよろしいですか」

「え……」

「はい、大丈夫、ですよ」


 テアはレイモンドの顔を見、リュペスはこころよく返事をしました。


 サイクロプスが地面の近くに片手を下ろすと、レイモンドは歩いて行って、てのひらの上にあぐらをかきました。


「さあ、テアさん」


 うながされて、テアも重い足取りで手に近づきました。レイモンドとてのひらを見比べ、ぎこちない動きで、その隣に足を揃えて座ります。


 二人を乗せたリュペスの手が動きました。テアは身体を震わせましたが、リュペスは指を少し曲げて、二人をくるむようにしただけでした。


「動きますよ」


 リュペスはそう言うと、慎重に立ち上がりました。てのひらを水平に保つようにし、ゆっくりと地面から遠ざけていきます。


 テアは顔を青くしていましたが、レイモンドは落ち着いたものでした。高いところがあまり怖くない性分です。


 リュペスはてのひらを、自分の顔の近くに持っていきました。大きな一つ目だけでなく、一つ一つが大木の切り株のような歯が、ずらりと並んでいるのが見えました。


「ああ、み、皆さんがよく見えます……」

「こんにちは」

「ごきげんよう」


 テアはもう怖くて怖くてたまらなくて、本当だったら、今にもレイモンドにしがみつきたかったのですが、それも子供っぽく思えて、気丈に振る舞っていました。


 リュペスは遠くを見やりました。


「み、見て、ください……私の高さから見た景色です」

「素晴らしいですね」


 魔女はずいぶんのんきなことを言っています。テアも平気なふりをして、首を伸ばし、あたりを見回しました。


 確かに、ここがサイクロプスのてのひらの上ということを覗けば、素敵な景色です。青空のもとに、周囲が一望できます。連なる白い岩山、点在する緑の森、そして紺碧の海……。


「テアさん、わ、私が見せたかったのは、あれ、です……」


 リュペスがもう一方の手で指さしたのは、海に浮かぶ小島でした。


 テアはその場所をよく知っています。そこは先日、お祭りの歌姫を決める大会が行われたところでした。テアは惜しくも敗れ、歌姫の座につくことができませんでした。


 あんなにたくさん練習したのに……。

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