第13話 花を愛でる巨人④
「……あなた、まさかあのいまいましいサイクロプスとテアを会わせようとしているの?」
目の前のニンフは、すっかり表情を変えています。優しい、少し困ったような表情から一変して、唾を吐き捨てるような怖い顔をしていました。
他のニンフたちもおしゃべりをやめて、レイモンドをにらみつけています。空気は寒い日の湖の上に張った薄氷のようにはりつめました。
「はい、そうです」
レイモンドはゆっくりとうなずきました。頭上でペトロニーラがかまえているのが、振り向かなくてもわかります。
ここでテアに会いたい者の素性を濁す手もあったかもしれません。それでもレイモンドは、いずれはリュペスのことを話さなくてはならなくなるとわかっていました。だから、あえて真実から切り出すことにしたのです。
ニンフたちの冷たい沈黙の中、魔女は話し続けます。
「私も皆さんとサイクロプスの間にあった悲劇は知っています。同じことを繰り返してよいとは思っていません。安全に細心の注意をはらうことを誓います」
「私たちはあなたの力を知らないわ」
「あなたなんて、ひょいとつまみ上げられて、ひねりつぶされたっておかしくないじゃない」
「愛しいテアをあなたが守りきれるって、どうやって信じたらいいの」
ニンフたちは口々に反論しました。
レイモンドは揺るぐことのない瞳で、とげとげしい視線を受け止めながら、どうやって彼女たちと話し合おうか考えていました。
「ともかく、あなたにテアの居場所を教えるわけにはいかないわ。お帰りいただけるかしら」
年上だと言ったニンフが、遠くを指さしました。
「お話を聞いていただくことはできませんか」
「サイクロプスの話なんて聞きたくもないわ。あなたが帰らないとおっしゃるなら、私たちにも考えがあってよ」
水の匂いが、一層強くふくれあがります。ニンフたちの目が光りました。
ペトロニーラがはばたいて、レイモンドの肩にとまりました。レイモンドも力むことなく自然体に立っていますが、いつでも動く準備はできています。
泉の波紋が途絶えました。
「少し落ち着いてよ、あなたたち」
水面が突如大きく盛り上がり、黄昏色の髪をした女性が姿を現しました。水の中から現れたのに、その服はちっとも濡れていません。
「あら、テアじゃないの」
「おうちで過ごしているのではなかったの?」
「あなたたちったら声が大きいわ。私の家まで言い争う声が聞こえてきたわよ」
このニンフがテアのようです。まゆはきりりとつり上がり、少し勝気な顔をしています。
「私のことを考えてくれるのは嬉しいけど、それで誰かと争うなんてしないでほしいわね。私のことは私が決めるのよ」
「そうは言うけど、テア、この魔女が会えって言ってるのはあのサイクロプスなのよ」
「あらいいじゃない、いざとなったら私、この人が私の恋人だって言えばいいんだわ」
テアが指さしたのは、レイモンドでした。
レイモンドはちょっと目を大きく開きましたが、ニンフたちは手を叩きました。
「それは名案ね!」
「そうすればテアはサイクロプスが岩を投げている間に逃げられるもの!」
「さすがテアだわ!」
昔サイクロプスに恋をされたニンフの恋人は、人間の男でした。だからこそ、サイクロプスの投げた岩に当たって死んでしまったのです。
そして奇しくも、ニンフたちの前にいるのは、人間の男の魔女でした。
彼女たちはいじわるで言っているわけではないのですが、妖精がよしとするものは、時に人間とは異なります。
「ね、いいでしょう、魔女さん。私をサイクロプスに会わせたいのであれば、それくらいはしてくださるはずだわ」
テアは首をかしげました。
レイモンドはうなずきます。
「いいでしょう、それでテアさんが来てくださるなら」
それから、ほほえんで付け加えました。
「でもきっと……その必要はありませんよ」
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