第7話 セルキーの秘密②

 話が終わると、レイモンドは思い詰めているニーヴに、今日は別の場所に泊まったらどうかと勧めました。レイモンドの知り合いに、女性の魔女(不思議な言葉ですね)がいるから、その家で一晩過ごしてはどうかと。


「今は結論を出さないほうがよいでしょう。私が旦那さんにくわしく話を聞いてみますから」


 ニーヴはうつむいたまま小さくうなずきました。


 そんなわけでレイモンドは、パセリを呼び戻し、ニーヴの道案内をしてもらいつつ、自分はニーヴの家に行きました。


 ニーヴの息子は突然出て行ってしまった母親にも、その代わりに現れた初対面の魔女にも驚いていましたが、レイモンドは楽しい遊びをたくさん知っていましたので、すぐにうちとけました。そうして二人が地面にお絵描きをして遊んでいる間に、ニーヴの夫が帰ってきたのです。


 彼は名をオーダンといいました。下がり眉をしていて、困っていないのにいつも困っているように見える顔をしていました。


 オーダンは息子と遊んでいるレイモンドを見ると、何かを察したように、硬い表情で立ち尽くしました。彼もニーヴのように、レイモンドが魔女であることを知っていたのです。そして魔女が家に現れたということは、何かがあったのだということを。


 レイモンドは息子を家に残し、オーダンと森の脇の小道に行きました。太陽は沈み始め、空は濃い青に染まっておりましたので、ランタンを持っていました。


「……毛皮が、妻に見つかったのでしょうか」


 十分に家から離れると、オーダンは低い声で言いました。


「はい」


 レイモンドは短く答えます。火が魔女の表情を、ぼんやりと照らしていました。


 オーダンは背中を向けたまま、長いこと沈黙していました。レイモンドは辛抱強く待っていました。待つことがちっとも苦ではない性分です。


「私を、ひどい男だと思っておられるでしょうね。毛皮がないと海に帰れないニーヴを、善良なふりをしてだまし、彼女と結婚し、子供までもうけた男だと」


 久しぶりに口を開いたオーダンは、あざけるようでした。レイモンドが黙って先をうながすと、オーダンは振り向きました。


 彼は泣き笑いのような、苦笑いをしていました。


「私はニーヴを海に帰したくありませんでした。ずっと陸で暮らしていてほしかったんです。それには……信じてもらえないかもしれませんが、事情があります」

「はい、わかっています」


 レイモンドはうなずきました。


「オーダンさんは優しい人だということを、私も知っていますから」

「ありがとう……」


 オーダンは額を押さえました。


「……言われたのです、占い師から。ニーヴが次に海に戻ったら、死んでしまうと。だから、私はニーヴの毛皮を隠しました。死んでしまうくらいなら、大変かもしれないけれど、私と陸で生きてほしかった。私は彼女に散々助けてもらいましたし、たくさんの思い出をもらいました。だから、今度は私が彼女を救いたかったんです」


 レイモンドは、おや、と違和感を覚えました。


 ニーヴの話とオーダンの話が、決定的に食い違っていることに気付いたのです。


「オーダンさん、あなたは……」


 言いかけた時、オーダンの後ろから、ふわふわと白く発光している小さなものが浮遊してくるのに気が付きました。たんぽぽの綿毛のようですが、風もないのに、明確な意思を持って、レイモンドのほうへ飛んできています。


 レイモンドがてのひらを差し出すと、白いものはぽわりととどまります。


 発声はなく、レイモンドの脳裏に文字が浮かび上がりました。短く書かれたそれを読み取るなり、魔女は顔色を変えました。


「オーダンさん、大変です。ニーヴさんが、宿泊先から外に飛び出して行ってしまったそうです」

「えっ……」


 二人は慌てて家に戻りました。お留守番をしていた坊やは、父親譲りの困り眉で、今は正真正銘困っている様子で報告してくれました。


「お父さん、納屋にね、お母さんが来たんだよ」

「お前に何も言わなかったのかい」

「おうちにいる僕に、扉越しで、また帰ってくるからね、って言ってた。それから行っちゃったんだけど、毛皮を持っているみたいだったの」


 レイモンドとオーダンは顔を見合わせました。


 セルキーが毛皮を持っていく場所、それは二人とも、一つしか思い浮かびませんでした。

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