WAis
衣十音きょう
―暁の幕― 暗
第1話 星降る刻の詠
「くる………」
「トキ、見えるのか?」
「流れ星が、くる!!」
まだ夜も開けきらない薄白い空を睨み
トキは言う。星が流れ落ちし時、“原始の種”がやってくる。それは、命を吸い尽くす恐ろしい生き物。
今日もまた、どこかでひとつの村が消えるだろう。
それに抗える力はない。
ただひとつ、この“わいず”の民の持つ
刀を持ってして、斬る以外は。
絶望する民に星詠みの八百は言った。
「昔むかし、この世界は今とは全く違っていた。
今はもう、その頃の栄華はない。今はその名残を使いながら我々は生きているのだ。それが終われば全てが終わる。そんな世界に、またこの苦難じゃ。しかし、皆絶望にはまだ早い。我々にはこのわいず刀と、星降る刻の詩の伝承がある……………」
━━━━━━と。
それから、どのくらいの時が流れただろう。
トキの目は、空を捉える。
このわいずの中で珍しい紺色の目をしたトキは
まるでその瞳に、宇宙を宿しているかのようだった。
トキが生まれた時、星詠みの八百はその姿を見て
はっ……と息を呑んだ。紺色の髪に、紺色の瞳。
このわいずでは皆が皆、黒い髪と黒い瞳をしていた。それだけに、トキのその色はとても珍しいものであった。
星詠みの八百が生まれたてのトキに、人差し指を差し出すと、トキはその小さな手でそれをぎゅっと握りしめた。その力はとても強く、そして星詠みの八百を見るその目は力強いものだった。
ふっと、目を細め八百は微笑む。
老いた目尻にシワを寄せながら。
そして、トキの母を見ながら真剣な顔で告げた。
「この子は、わいずの……我々の……希望となるだろう」
と。
「八百様…………この子が……」
その言葉を聞いたときの母は、ハラハラと涙を流した。そしてその顔を両の手で覆い、さらに泣き出す
。いつか、生まれくるとだけ伝わってきた、わいずの希望。誰しもが、この世界になにがあったのかも知る術もなく、気づけば出来上がっていた世界中の小さな村々。そのひとつに、何世代も代わる代わる生きるわいずたちの希望。
「変わるぞ、燈子さん。世界は……変わる」
八百の指をさらにぎゅうっとトキは掴む。
そして、その視線を八百と合わせてトキは
きゃきゃっと軽やかに笑いだした。
その顔は、無垢そのもの。
まだ、なにも知らない。なんの穢れもない魂。
しかし、それを見る八百の顔はどことなく悲しみを覗かせる。
「トキよ……儂はお前が17の成人の時までは生きてはいまい。しかしお前が生まれたこの時に間に合えた……よかった。この先、お前がどれほど苦しい道を歩むのかと思うと正直辛い。しかしトキよお前ならきっと……」
「燈子!!生まれたのか!」
「おぉ!福良、やっと来おったか。父ともあろう者が遅いではないか。その目でしっかりと子の顔を見てやるといい」
「これは八百様!来てくださっていたのですね!」
福良は膝を付き、取り急ぎの挨拶をするも、八百から「そんなのはいい、いい」と制止され立ち上がった。そして、燈子の横の、柔らかな白いゆりかごに恐る恐ると近づいた。そっと、手を伸ばし中の毛布を捲る。
「あ…………」
小さな声を漏らす。そこには元気に笑う我が子の顔があった。福良は込み上げてくるものを堪えきれずにポロポロと涙を流しては拭う。
「トキ……お前の親父だよ」
「福良、気づいたか?」
八百は言う。
「えぇ…………まさか我が子が、とは思いませんでしたが」
紺色の髪、紺色の瞳。
それは、わいずに古くから伝わる伝承そのものだった。わいずの民たちにとって、それは待ち望んだ存在。福良にとっても燈子にとってもそれは同じ。しかし、それがまさか我が子だったとは、という驚き。
「トキ…………お前なんだな。お前こそが……」
星降る刻の詠
闇の中に星落つるとき
天は裂け 地は沈み
命を覆い尽くす影となる
ひとつ ひとつと光は途絶え
その崩壊に雫は一溜り、やがて枯れゆく
全ての絶望と厄災が絶え間なく降り注ぐ
その球の上、水面に落とされたひとつの波紋
瞳に紺色の穹宿し
同じく紺の絹糸を風に梳かす
太陽の光さながら一直線に射抜くその
2つの円、それは吉兆、されど凶兆
銀色の彗星の尾を携えて、その者生まれくる刻
世界の終幕を切り裂くわいず誇りとなれ
「トキ…………」
星詠みの八百は、部屋に夫婦二人を残し、そっとその場を離れた。秋の風がひゅう…………と彼の老齢の顔を撫でる。見上げればそこは、満点の星空。それは決して、綺麗という言葉だけでは表すことのできないこの時代において、吉凶のふたつの意味を包括した、しかし見事なその星空に八百は祈りを捧げた。
「星詠みとして何代もこの八百の名を受け継いだ年寄りの願い、この胸の内に宿る畏れにも似たこの願いを………どうか叶えたまえ」
小さな命に希望と絶望が宿るというのなら……
せめて、希望が勝るように…………
八百は小さく呟き、暗闇の星空に、その指をスっと向けた。そして、まるで星と星の間を繋ぐよかのように泳がせる。その間もまた、星たちはチカチカと瞬き続ける。
「どうぞこのじじいの星指が数多の神々に届くよう。しかし今日の空はかつてないほど綺麗じゃ…………今日という日がなにを意味するか、それはさすがに星たちも知らいでか……」
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