第40話 【外伝】 海の神さま 4

 さて、事代主様がぽつりと「早いなぁ」とつぶやかれた、その予見どおり。

 朝日がまだ海の底からのぞいてくるころ、西宮神社のヒルコ様の船団が、美保の港へ静かに入ってまいりました。

 どうやら夜明け前から帆を張り続け、急ぎ足で来られたようでございます。船を降りたヒルコ様は、そのまま美保神社に足を運びました。


「西宮神社のヒルコです。早い時間に申し訳ないですが、事代主様にお取り次ぎを……。」

「ようこそ美保関へ、ヒルコ様。事代主様より『すぐに奥の間へ』とのことです。どうぞこちらへ。」


 どうやら昨夜のうちから手配がすっかり整えられていたようで、ヒルコ様はすぐに奥の間へ通されました。


「やあ、ヒルコ様。美保関へようこそ。」

「事代主様、お久しぶりですね。」


 互いに軽く会釈したお二方。

 と、そこでヒルコ様の視線がぴたりと止まりました。

 宗像の三女神様が揃っておられたのです。


「ヒルコ様、お久しぶりでございます」

「お久しぶりですね、イチキシマヒメ様、タゴリヒメ様、タギツヒメ様。これは……。」


 ヒルコ様が感心したように事代主様に視線を向けます。


「ああ、なんとなく、お三方も一緒のほうがよろしいかと思いましてね。だめでしたか?」

「いえ、むしろありがたいほどです。助かりますよ。」


 どうやら、このお二方、雰囲気は正反対でも、息はぴたりと合うようでございます。


「こういう時の事代主さんって、広い目で手配するよねぇ。ぱっと見はのんびりさんの釣り人なのに。」

「空気読まないくせに手配りだけは完璧。あとは減量すれば『歩く酒樽』なんてあだ名、返上できるよねってタゴリヒメ姉さんは……。」

「言ってないってば! しかもそこ酒樽関係ないよ!」


 そんな姉妹のやり取りに、ヒルコ様は思わず吹き出してしまいました。


「事代主様はこれでよいのですよ。大らかで、泰然として、そっと周りを助ける。私も何度も助けられています。」

「いやぁ、たまにちょっとした揺らぎが見えるだけですよ。それより、例の南海の話でしょう?」


 事代主様が急に話題を切り替えると、ヒルコさまもすぐ真顔に戻られました。


「ええ。住吉大神様より、『近く南海のかなたの大地が揺らぐ気配あり。海の荒れが、日の本まで届くやもしれぬ』と、言付けを受けまして。」


 その言葉に、宗像三女神様は思わず顔色を変えました。

 つまり、南の海から津波が来るかもしれないというわけです。


「津波そのものは西海には大きくは来ますまい。しかし琉球から日向灘、東海にかけての航路は乱れる可能性があります」

「その対策を相談したかったのです。その上で宗像三女神様とも話ができればと思ったのですが、段取りを組んでもらえて助かりました」


 さすがは海を守る神々。一瞬で表情をひきしめ、すぐに港の安全や航路の手配を描きはじめられました。

 三女神様の目の前では、事代主様とヒルコ様が、まこと見事な息の合いようで策を練りあげられます。

 事代主様が大きな流れを示せば、ヒルコ様が細かな段取りを整える。

 ヒルコ様が案を出せば、事代主様が無理なく流れるよう調整する。


「すごいねぇ……ヒルコ様の立案と調整だけでも十分すごいのに。事代主さん、対案も修正もすぐに組み込んで、あっという間に計画を練り上げてるよ。」

「これでこそ海の守り手。雰囲気は変わらないまま、即座に対策を考えて民を守る。この不動の姿勢こそが、移ろいやすい海の民の心に必要なもの。」

「感心してばかりでどうします。西海を護る宗像の名にかけて、私たちも負けられませんよ。」


 イチキシマヒメ様の言葉に、姉妹もぴんと背筋を伸ばしました。

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