第29話 理奈の可愛い嫉妬
「アキ! 大丈夫なの?」
「秋兄大丈夫?」
二人の下に向かうと心配そうに駆け寄ってきてくれた。
そこまで心配してもらうほど怪我はしてないんだけどな。
殴られたのもわざとだし、そこまで痛くもないし。
「全然大丈夫だ。それよりも二人はあいつらに変な事されなかったか?」
「それは全然大丈夫。絡まれ始めたくらいにアキが来てくれたから」
「うん。お兄って喧嘩できたんだね。なんか意外だった」
喧嘩ができるというよりは喧嘩せざる負えない状況にいただけだし、何よりも俺は選択をミスったら死ぬような環境で鍛えられたから、命のかかってない喧嘩くらいに怖がることが無くなったって言うほうが正しいよな。
「まあ、狂歌の相手をしてるうちに自然と身に着いた。得意ってわけでもないけど、特段ビビるような事でもないな」
「……秋兄って本当に修羅場をくぐってたんだね」
「でも、じゃあなんで殴られたの?」
理奈はグイっと顔を寄せて俺の瞳を覗き込んでくる。
綺麗な翡翠色の瞳に俺が映っているような気がするほどに距離が近かった。
「えっと……後で難癖付けられた時のために一応口実をな。先に殴られとけば相手を半殺しとかにしない限りは正当防衛が通るかなって」
「だからわざと殴られたの?」
「……はい」
理奈は少し怒っているようで俺をギロリと睨んでいる。
春香に助けを求めようと視線を向けると春香も俺のことを睨んでいるので助けを求めるのは早々に諦めた。
「助けてくれたのは嬉しかったし、カッコよかったけど、自分を犠牲にするような真似しないで! アキにとってはなんてない事だとしてもすっごく心配なんだから! それに……」
「……それに?」
「私たちのためにアキが傷つくのはあんまり見たくないよ」
「……そうだね。秋兄にとっては当たり前でも私たちにとっては当たり前じゃないんだから。自分の体を軽視するようなことはしないでよね」
「ごめん」
確かに、俺は刺されたり刻まれたりすることに慣れてるけど二人はそうじゃない。
躱せる攻撃ならできる限り躱すべきだったか。
反省しないとな。
「謝ってもらうような事じゃないよ。私も理奈ちゃんも怒ってるわけじゃないから。ただ、秋兄にもっと自分を大切にしてもらいたいだけ」
「アキが私たちの事を大切に思ってくれているのと同じくらい私たちはあなたのことを大切に思っているっていう事だけは忘れないでね」
理奈にまっすぐ見つめられて照れてしまう。
言われてみれば、確かに俺は自分自身の事を軽視していたかもしれない。
狂歌に束縛される生活が長かった影響がこんなところに出てきてるなんて気づきもしなかったな。
「わかった。肝に銘じておくよ」
「そうして。でも、本当に助けてくれてありがと。カッコよかったよアキ」
「うん! 本当にカッコよかった!」
二人は打って変わって表情を明るくした。
そのことにほっとしつつ俺は花見のことに意識を集中させる。
そう言えば、高校生になってからゆっくり桜を見る機会なんてなかった。
だから、こうして三人で花見に来られて本当に良かったと心の底から思う。
「ま、一難去ったわけだし当初の目的通り三人でお花見を全力で楽しむか!」
「だね! 幸先は悪くなっちゃったけどお花見しよ!」
「やった! 秋兄と理奈ちゃんとお花見なんて昔に戻ったみたいでなんだか懐かしいな」
三人でゆったりとレジャーシートに座って咲き誇っている桜を見る。
綺麗な花びらがそこら中にヒラヒラ舞っている様はとても幻想的だった。
ここだけ違う別世界に迷い込んだかのような錯覚に陥ってしまう。
「綺麗だねアキ」
「ああ、本当に」
ここで理奈の方が綺麗だとかいった方がいいのか?
いや、あまりにもキザすぎるな。
やめとこう。
「ちょっと~二人だけの世界を展開しないでください? 私もいますからね!?」
「わかってるって。というか、二人の世界なんて展開してないしな」
「そうよ。これくらいで二人の世界だなんて言えないよ」
「……バカップルめ」
小声で春香が何かを呟いていたけど何も聞かなかったことにしよう。
聞いてしまったらなんだか負けな気がするし。
「そう言えば、春香ってそろそろ誕生日だよな? 何か欲しい物とかあるか?」
「う~ん、あんまりこれと言って欲しい物ってないんだよね。強いて言うなら秋兄と丸一日二人っきりでデートしたい!」
ニヤニヤしながら春香はそんなことを告げる。
流石に俺たちは兄妹だから春香の意図はすぐに読み取れてしまったわけだけど……
「……それはダメ」
突然理奈が左腕に抱き着いてきてそう言った。
嫉妬してるみたいで凄く可愛い。
ナイス春香。
「ええ~なんでですか? 誕生日プレゼントとして秋兄と一日デートするだけですよ?」
「だ、だってアキは私の彼氏だから! たとえ妹でも他の女の子とデートするなんて絶対にダメ!」
「ふふっ、ごちそうさまでした。その反応を私への誕生日プレゼントという事で」
「え、ちょ、ん?」
完全に困惑してしまった理奈は俺と春香の顔を交互に見て頭に?を浮かべていた。
その仕草もとても可愛い。
普段は冷静であまり動揺しない理奈が見せる動揺は新鮮味があって凄く可愛く感じる。
「春香に嵌められたんだよ。俺とデートしたいって言うのは嘘で理奈のその反応が見たかっただけ」
「え? ちょ、ちょっと春香ちゃん!」
「えへへ。ごめんなさい。あんまりにも理奈ちゃんの反応が可愛すぎるからつい」
舌をペロッと出してウインクをしている。
なんでこんなに可愛い妹に彼氏が出来ていないのか疑問で仕方がない。
いい出会いが無いんだろうな。
まあ、春香が彼氏を連れてきたりしたら顔面をボコボコにする自信があるのだが。
「もう! アキも気づいてたでしょ!」
「そりゃまあ。理奈の可愛い反応が見れて俺は眼福だった。よくやった我が妹よ」
「へっへっへ。そりゃ私も理奈ちゃんの可愛い顔が見たかったからおあいこ様ですぜ旦那ぁ」
変なノリで会話を交わしながら理奈の方を見ているとかなり照れているみたいで耳まで真っ赤にしていた。
そんな理奈の頭をポンポンと撫でる。
「な、なに?」
「やっぱり理奈は可愛いなと思ってな」
「馬鹿にしてる?」
「なんでそうなるんだよ。本気で俺はそう思ってるぞ」
理奈が可愛くなかった時なんて一秒もない。
俺はかなり理奈に惚れこんでるみたいだな。
「もう……でも、嬉しい」
「今度こそ二人の世界を展開してるじゃないですか。はぁ全く」
春香が頭を押さえながらため息をついている。
少し申し訳なくはある物の、理奈とイチャイチャしてるのは楽しいから見なかったことにさせていただこう。
すまんな妹よ。
「にしても本気で綺麗だな」
咲き乱れる桜を見上げながら俺は本心からそう思うのだった。
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