第16話 消えぬ心の傷
ふと、夢に思うことがある。
今こうやって幸せな日常を過ごしているのは夢なのではないのかと。
次に寝て、目が覚めると隣には狂歌がいて。
またあの地獄のような日常が始まってしまうのではないかって。
「……俺は相変わらず、心が弱いのかもしれないな」
少しだけ呆れてしまう。
でも、不安になる。
今の幸せが崩れるのが恐ろしくて仕方がない。
最近は寝る前にこんな不安に襲われることが多い。
「寝よう。ベッドに入って目を瞑ればすぐに眠気が襲ってくるはずだ」
ベッドに入って仰向きになる。
見慣れた天井が見えてきて幾分か気分が落ち着く。
「こういう時に限って寝れないんだよな」
いつもならすぐに寝れるのに、こういう不安になってる時に限って眼が冴えてしまっている。
「さっきまで理奈と一緒に居たってのもあるんだろうな。さっきまで凄く楽しかったから、一人になった今、凄く不安になってるな」
あれから、土曜日の予定を決めた俺たちは母さんの作ってくれた夕飯を食べて理奈を家に送った。
それからはすぐに風呂に入ってこうして今、ベッドに入ってるというわけだ。
「はぁ」
理奈に依存気味になっている自分にため息をつきながら寝返りを打つ。
先ほどベッドの上に適当に置いたスマホが光っているのが目に入った。
「メッセージ? 誰からだ」
スマホを取って画面を確認すると理奈からメッセージが来ていた。
内容としては「今日楽しかったね~」とか「土曜日が凄く楽しみ」とかそう言った内容だった。
メッセージを見ただけで心が温かくなったけど、今はどうしても理奈の声が聴きたかった。
だから……
「もしもし? アキなんかあったの?」
「こんな時間にごめん。理奈の声が聴きたくなってさ。迷惑だったか?」
「迷惑なわけないよ! 私も寝る前にアキの声聞きたかったし。アキは今、何してたの?」
「俺はベッド入って寝ようとしてたんだけど、なかなか寝れなくてさ。そん時に理奈からメッセージ来てたから急に声聞きたくなった」
我ながら女々しいと思うけど、さっきは本当に不安だった。
狂歌は今、精神病院にいるし何があっても俺の前には現れないと思ってはいるのにどうしても不安になってしまうんだ。
「そっか。私も寝る前にアキの声が聞けて凄く嬉しいよ。何なら、ベッドに入りながら寝るまで話す?」
理奈は電話越しでもわかるくらいに明るい声でそう言ってくれる。
願ってもない事だ。
眠りにつくその時まで理奈の声を聴いていられるんだから。
「いいなそれ」
「巷で噂の寝落ち通話ってやつだね! めっちゃ恋人っぽい!」
ハイテンションで理奈ははしゃいでいる。
電話越しだから顔は見れないけど、顔を見ることが出来たら物凄く可愛い笑顔をしてるんだろうな。
理奈の顔を見ることができないのが惜しくて仕方がない。
「といっても、何を話せばいいかわからないな」
「なんでもいいでしょ! 他愛もない会話でもいいだろうし、真面目な話でもいいと思う。本当に何でもいいんだよ。話したい事を話せばさ」
「それもそうだな。じゃ、話すか」
「うん!」
そうやって俺は理奈と人生初めての寝落ち通話をした。
他愛もない話で盛り上がって、2人で笑って。
気が付いたら俺は眠りについていた。
◇
「秋トは清水さんと付き合い始めたのか?」
「……誰から聞いたんだよ」
「いや、聞かなくてもわかるだろ。毎朝一緒に登校してるし、何なら恋人繋ぎしてるし。どう考えても付き合ってるやつらのそれだろうが」
「確かにそうかもしれないな」
昼休みの時間に礼二と昼ご飯を食べていると突然そんな話題になってしまった。
全く、こいつの文脈はどうなってるんだ。
まあ、恋バナは男子高校生にとっては定番中の定番の話題だもんな。
それに、俺の相手は学校でもかなり有名で可愛いととされる理奈だもんな。
「はぁ、どうやったらあんなに可愛い彼女ができるんだ? 良ければ俺にも教えてくれよ」
「教えてくれと言われてもな。理奈とはずっと前から一緒に居たし。特別何かをしたという事は無いんだけどな」
「お前……本当に羨ましいなぁ。ラブコメの主人公みたいだよなお前って」
それは、確かにそうなのかもしれない。
可愛い幼馴染がいて見事付き合うことができた。
「言われてみるとそうなのかもしれないな」
「お前の事、しばきたくなってきたぜ」
目のまえで礼二は俺に毒を吐いてくる。
すまんな。
◇
「アキ~こっちこっち!」
「今行くよ」
約束の土曜日。
俺たちが今、来ているのは地元から少し離れた場所にあるそれなりに大きい遊園地だ。
土曜日という事もあって遊園地内はそれなりに人が多くて、下手をするとはぐれてしまうかもしれない。
「理奈、流石にはぐれそうだから手を繋ごうか」
「ん~それってはぐれたくないから?」
「……いや、俺が理奈と手を繋ぎたいから」
小首をかしげて聞いてきた理奈に素直に自分の気持ちを伝えてそのまま彼女の手をとる。
するりとそのまま恋人繋ぎにして遊園地内を歩き始める。
左手から伝わってくる理奈の体温が心地いい。
一生こうしていたいくらいだ。
「アキと長い間一緒に居たけど、遊園地に来るのは初めてじゃない?」
「言われてみればそうだな。俺たちってずっとカフェとかに行ってたから。こういう本当に恋人っぽい場所に来ることなんてなかったな」
理奈とは幼稚園の頃から一緒に居たけど、確かに水族館とか遊園地とかそういうアクティブな場所に来ることはあまり……というか無かった。
カフェとかそういう落ち着いたところで話すというのが昔の俺たちの時間の過ごし方だったな。
あれはあれで悪くないんだけど、たまにはこんな風に理奈と出かけるのも楽しい。
「だね! 今日は全力で楽しまないとね」
「最初はどこ行く? 定番で行くとジェットコースターとかお化け屋敷か?」
「アキはどっちも得意なの? お化け屋敷とかジェットコースターって」
「まあ、怖いか怖くないかで言えば怖くないな。だって……ほら。俺はそれよりも怖い経験をたくさんしてるわけだし」
ジェットコースターもお化け屋敷も言い方は悪いが所詮は作り物だ。
割と本物の恐怖体験をした俺は多分そこまで怖くは無いんだと思う。
「確かにそうかも。じゃあ、ジェットコースターから行ってみよう! 私乗ったことないんだよね」
「わかった。じゃあ、さっそく並びに行くか」
「うん!」
満面の笑みを浮かべて理奈はジェットコースターの方向へと向かっていく。
俺も理奈についていくわけだけど、理奈が本当に可愛くて俺はおかしくなりそうだった。
紫がかった綺麗な髪が俺の左側で揺れている。
楽しそうに遊園地を眺める翡翠色の瞳。
どこを切り取っても可愛くて。
本当にこんなに可愛い子と付き合えているのか不安になる。
「理奈、ありがとな。こんな俺と付き合ってくれて」
「なんか、最近そういう事を言われることが多い気がするけど。アキは私にとって最高の男の子だから自信を持って! 世界中の全員がアキの事を否定しても私だけはアキの味方だからね」
ウインクをしながらそういう理奈はあまりにも可愛くて。
その真っすぐな瞳と言葉に胸が軽くなった。
理奈は相変わらず、俺のことを前向きにさせてくれる。
理奈は俺にとって太陽みたいな存在だ。
「ありがと。理奈にそう言ってもらえてうれしいよ」
開いている右手で理奈の頭を撫でる。
サラサラとして髪はとても触り心地が良くて、日頃からよく手入れされていることが分かった。
相も変わらず、理奈は努力家らしい。
そういう所も俺は大好きだ。
「まあ、これでも彼女ですからね! それより早く並ぶよ!」
「ん。おれもジェットコースターなんてほとんど乗ったことないから楽しみだ」
「アキが悲鳴上げてるところ見てみたいな~」
「ご期待に副えるように頑張るよ」
この遊園地の目玉の一つであるジェットコースターはかなり高高度から一気に落ちるという事もあって日本国内でも名の知れた遊園地だ。
つまりは、かなり怖いという事になる。
ジェットコースター初心者である俺たちがどうなってしまうのか。
楽しみだ。
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