FILE 13: 第三のプレイヤー

三崎市長執務室。手島渚は、柏木からの、途切れ途切れの報告を、受話器を握りしめながら聞いていた。

『……銃撃戦になった! アメリカ軍まで出てきた! 市長、一体、これは何なんですか!』


渚は、答えられなかった。彼女の指先は、氷のように冷たくなっていた。自分の判断が、日本の警察官を、国際的な戦闘の渦中かちゅうに放り込んでしまった。


その時、彼女の背後で、静かな声がした。

「市長。お疲れでしょう。コーヒーでもいかがですか」

政策秘書の若宮だった。彼は、いつもの冷静な表情で、コーヒーカップを差し出していた。

「……ありがとう」

渚は、かろうじてそれだけを言った。


若宮は、自席に戻ると、机の下で、音を立てずにスマートフォンの画面をタップした。送信先は、暗号化された海外のサーバー。メッセージは、数字の羅列に偽装されていた。

『第二段階、完了。全ての駒は、盤上に揃った』


そのメッセージは、大西洋の海底ケーブルと、インド洋の軍事衛星を経由し、東京湾の海底へと届いた。

中国海軍、商級原子力潜水艦「長征15号」の司令室。

受信報告を受けた艦長は、静かに命令を下した。

「特殊部隊(蛟龍突撃隊)、出撃準備。目標、横浜港本牧ふ頭。敵は三勢力。我々の目的はただ一つ」


彼は、海図に映し出された、トリトン・コンプレックスの位置を指差した。

「"心臓"の設計図を持つ男、天野亮介の確保。抵抗する者は、全て排除せよ」


若宮は、コーヒーを飲む渚の背中を、能面のような無表情で見つめていた。彼の本当の雇い主は、北京だった。彼こそが、監査官が警告した「内部の敵」。彼が、天野の不満を北京にリークし、この全てのゲームを開始させた張本人だったのだ。

そして彼の目的は、天野の確保だけではない。CIAとモサド、そして日本の警察を一つの場所に集め、互いに潰し合わせること。


横浜港の混沌は、まだ、序章に過ぎなかった。

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