突然ザマァされる悪女に転生したから全部斬る

米田 菊千代

第1話 ザマァを返してもいいか?

「カリードゥ! 貴様の悪だくみもそこまでだ」


 ……は? こりゃどういうことだよ。


「姉さま、あなたが私から奪った王位継承権を、本日をもって返上していただきます!」


 なんだなんだ、全然話が見えねえな。

 さっきまであたしは高校の体育館で食後の昼寝をしていたはずだ。

 なんで突然西洋の……随分立派だな、ここは城か? なんで城にいるんだよ。

 しかもフワフワした青髪縦ロールの女が「姉さま」とかぬかしやがる。あたしは正統派ヒロイン系の女を妹に持った覚えはねえぞ。


「おい、そこのなんかキラキラした茶髪のイケメン! カリードゥってのはあたしのことか?」


「イケ……? よくわからないが、己の名前も忘れるとは窮地きゅうちに立たされて気でもふれたか?」


 己の名前つったか? ということは、やっぱり今のあたしはカリードゥって女らしいな。よ~く聞け、あたしの本当の名前は……いや、言っても「ハア?」って顔されるだけだからやめるか。

 それにしてもなんでこんなことに……あっ、そうか!


「そこの給仕! お前の持ってる銀のお盆を寄こせ!」


「ええ?」


「いいから寄こせってんだよ。……はは、やっぱりな。しらねー顔が映ってら」


 鏡みたいにピカピカに磨かれて、いいお盆だな。

 そこに金髪碧眼、金銀宝石の王冠を身に着けた全然知らん女が映ってる。

 鼻がツンととがってて、まつ毛がバシバシの目力強め。

 歳は……20代くらいかあ?


「へえ~この年で女王やってんだ、やるじゃん」


「ね、姉さま?」


 ヒロインとイケメンが顔を見合わせているが、構っていられるか。

 なーんか既視感あるやり取りだと思った。

 どうやらあたしは、ネット小説ではやりのザマァ系小説のキャラクターに異世界転生したらしい。

 会話の内容から察するに、青髪縦ロールの妹を騙すなり貶めるなりして女王になった姉に転生したんだろう。妹(妹じゃねーけど)の隣にいる茶髪イケメンはずいぶんいい身なりだから、こいつを騙して婿にするつもりだったのかもな。それを妹が真実の愛と機転で彼の目を覚まさせて……的な。

 聞いてみるか。


「その“罪”ってなんだ?」


「貴様、しらばくれるつもりか。前大臣を毒殺し、その罪を義妹ぎまいである彼女に擦り付けただろう」


 え~そうなのかよ。知らん。


「そうしてお姉さまは数々の策略により、王家の血を引く正当後継者である私から継承権を奪ったではありませんか」


 お約束だねえ。知らん。


「それに、民には重税を課したものだから、王家に対する反感が高まっています」


 暴君てやつだな。それも知らん。


「何より貴様は、こ、この私と……」


 なんで突然頬を染めてんだ。あっもしかして……


「あたしとヤッちゃったのか!」


「姉さまッ!!」


 ヒロインすげえ顔であたしとイケメンのこと睨んでんじゃん。こりゃ、あとが大変だな。

 そもそも転生だと思ったが、何もかもすっ飛ばして突然こんな状況にいるんだから、これは憑依とか成り代わりとかってジャンルかもしれん。くそっ、その辺詳しく知らないんだよな。こんなことになるなら事前に10冊くらい読んどいたのに。


「ここスマホやWi-Fiねえの? カクヨムにアクセスして今からでも成り代わりタグのついてる作品履修できねえかな?」


「いったい何を言って……ふっ、なるほどな。そうやってとぼけて罪を逃れようという魂胆だろう。ずる賢いやつだ」


「いやちげえけど。今の会話も別に賢い要素ねえだろ」


 ああ、でもあたしが乗りうつる前のカリードゥちゃんはガチで頭良かった可能性あるな。悪いな、あたしは脳筋なんだ。


「うーんよくわかんねえけど、そのカリードゥって女、いや今はあたしか。あたしが悪いことしたから断罪されるんだろ? そりゃしゃーねえよな。いいよいいよ、やっちゃって」


「やっちゃって、って姉さま!? それでは罪を認めるのですね?」


「認めるっつうか、突然のことだし、なんかめんどくせーしなぁ」


 こういう物語って悪者が処刑されて読者がすっきりして、主人公が報われたらハッピーエンドで終わりだろ。

 昼寝しただけで知らん世界に来たんだから、死んだらまた元の世界に戻れるんじゃねえの?


 そもそもなんでこんな世界に来たんだろうな? そういやステージで洗脳系アイドルソング熱唱しているヤツいたな。あんなん聞きながら寝たせいか? 戻ったらぜえーったい文句言ってやる!


「うーむ、改心したようにも見えんが、本人が罪を認めているのならそれに越したことはない。衛兵、カリードゥ元女王を牢に繋いでおけ」


 おうおう、さっさとしろ。こちとら眠いんだ。

 牢屋にだって簡易ベッドくらいあんだろ。寝ただけで帰れる可能性もワンチャンあるしな。

 それは無理でも、ギロチンにでもかけられてジ・エンドってとこか。


「狡猾な女だからな、余計な算段を練られても困る。――明朝、市中引き回しの上、火刑に処す!」


「おいッッッ!!!! ちょっと待てェッッッ!!!!」


 思わずデッケェ声が出た。熱気渦巻く球場観戦くらいの音量だ。(※150dB)

 両隣の衛兵が「ワッ」と叫んで耳を抑えている。


「おいおいおいなあなあなあ、こっちが黙って死んでやるつってんのに市中引き回しはそりゃぁないんじゃねぇの? なあッ!?」


 あれだろ、首や腕に縄を繋がれて、街中を見世物として歩きまわされるんだ。そんで腐った卵とかを市民からぶつけられる。

 ……やべぇな、少しムカついてきた。

 いや、そりゃあ本当にあたしが悪事を働いたなら、それもしょうがねえよ?

 でも、やってないからなあ……ちょっとシミュレーションしてみるか。


 石畳の舗装道路を、腕を引かれて歩くあたし。

 ――くそっ強く引っ張んなよ。一人で歩けらぁ。

 ほんで、道の両端や建物の二階からそれを憎々しげに眺める民衆。

 ――おい見るなら金取るぞ。

 一人が「悪女め!」と叫んで道端の石ころをぶつける。

 ――いてえな。

 それが発端となり、ギャーギャー叫びながら周囲のありとあらゆるものを手当たり次第に投げつけてくる人々。

 ――おい、いてえんだよ。

 そしてとうとう、「うるっせえんだよ!」とブチギレるあたしに、ますます激しく石を投げつける民衆!


 ダメだー! 耐えられそうにねえっ、堪忍袋の緒的な意味で!

 あたしは導火線が短いんだ!


「そこまでしなくてもいいだろ! ギロチンや斧でエイッと首を落とせばそれで!」


「お姉さま、罪を償うと言ったばかりではないですか!」


「言ってねえよ、死刑でもいいって言ったんだ」


 イケメンが不思議そうな顔で「それはつまり罪を認めたということだろう?」とぬかすもんだから、その様子にますますムカッ腹が立ってくる。

 今一番、訳がわかんねえで困ってるのはあたしだ!


「あたしはやってねえ。そう言ってもお前らにはなんのこっちゃかさっぱりわからねえだろ? だからこっちがしぶしぶ折れて処されてやるつってんだ。それが見世物にされた挙句に火刑だなんて、苦痛と屈辱の二段重ねでそりゃあんまりにも苦しいってもんだろうが!」


 あたしが堂々とやってねえと言うもんだから、周囲にいる城のモブたちがヒソヒソ話を始める。


「ねえ、女王は本当に罪人なの?」

「えー、でもいろいろ後ろ暗い噂があるしぃ」

「よくわかんねえけど、俺は妹ぎみさまのほうがタイプだからそちらを押すね」


 くそったれ、そういうのはこちらに聞こえないようにしろ。


 そもそもザマァってなんだろうな? 確かにこの女王は悪いことをしたから処刑されるんだろうけど、でもあたしはしてねえ。つまり無実だ。無実のあたしを一方的に殺そうとする奴らは、じゃあなんなんだ?


 こういう小説があったとして、読んでるやつはあたしが死んで「はぁーすっきりしましたわー」となるのか? ならなくね? 突然始まって突然終わる断罪ものって作品のコメント欄に「よくわかりません!(怒)」とか書かれて終わりだろ。「感動しました!(涙)」になるにはなんかいろいろ足らないだろ。


 ――ムカつくな。ムカついてきたな。あたしを責める妹(仮)もイケメンもモブもみんな消えてくんねーかな。

 これは本当にザマァか?

 ザマァってなんだよ! うるさいんだよ何もかもが!

 確かにカリードゥは悪だよ。

 でもよ、


「あたしは無実だって言ってんだろ! ――おらよっ!」


 回し蹴り!

 耳を抑えてうずくまっていた衛兵1の首を思いきり蹴り飛ばす。


「次!」


 ぽかんとしている衛兵2のむき出しの顔面に正拳突き!

 だあくそ! ハイヒールだから踏ん張りがきかねえ、こける! こんな時に履くもんじゃねえな!

 ズルッ! と足元が滑り後ろ向きに倒れたところにほかの衛兵が「俺が手柄をあげてやるぜ」とばかりに駆け寄ってきたので、両手をブリッジのように床につけて上半身をばねにして蹴り上げる。


「ギャアッ!」


 ナイス! 13センチヒールの鋭い踵が敵の腹をぶっ刺した。ごめんハイヒールやっぱ最高!

 その反動で右足の靴がぬげて、さらに左足でも敵の急所を蹴り刺してそっちの靴も脱げた。


 起き上がりざまに、倒れた兵士から槍を奪う。

 無意識に掴んだのだが、ずしっとした重みが両手にかかって、この体が他人であることを嫌でも思い知る。


「あー重てえな。カリードゥちゃんはあんま体を鍛えてこなかったんだな」


 元の体は鍛えてたから、二本も三本も武器を担いでザクザク斬って無双できた。

 でもこの体じゃ限りがある、体力を温存しつつテクニックで戦うしかねえな。


 ヒロインの妹(仮)は顔が青ざめてるし、それをかばうようにして立ち塞がるイケメンはスラリと腰の剣を抜いた。

 へえ、顔だけの男かと思ったらカッコイイじゃねえか。怯えもねえし、構えも隙がねえ、こりゃ戦い慣れてるな。筋も良さそうだ。

 いい男とヤッたんだなカリードゥちゃんは。


「あっ、あはははは、ぎゃははははは!!!!」


 いかん、楽しくなってきた!


「さあ戦おうぜ! ザマァかどうかは他人が決めればいい! ここじゃ最後に立ってた奴が勝者だ!」


 裸足で勢いよく床を蹴る。

 こちらを突き刺そうとする衛兵の剣を払いのけた切っ先で、勢いを活かして真っ直ぐに突く。槍を掴む両手から柔らかいモノを突き刺す感覚が細やかに伝わるが、すぐに何かに阻まれた。骨にあたったな。

 力を込めて引き抜いて、その反動であたしの背後で剣を振り上げたヤツのみぞおちに、槍の石突き(柄のケツの部分だ)をドンッ! と叩きこむ。

 うめき声と共に倒れ込む音がした。

 いいねいいね、さっきまでのうるせー言葉の応酬よりも、こっちのほうがシンプルで断然いい。


「ああこれこそ闘争だよな!!」


 笑顔で叫んだら、周囲が一瞬静まり返った。

 次の瞬間、パニックになり意味のわからない叫びを上げるメイドに、我先にと脱出を試みる執事の怒声が響く。

 おびえるなおびえるな、闘えないやつに用はねえから冷静に二列にならんで校庭に避難しろ。お・は・し、だ。押さない・走らない・しゃべらないだよ基本だろ。教員いないのかな?


「落ち着け! 敵は一人だ!」


 イケメンが指揮を取ろうとするが、非戦闘員の使用人が多くて混乱してるもんだから、うまく統率が取れないでいる。

 その後ろで正当派ヒロインの青髪縦ロール女は顔までまっ青にしてこちらを見つめていた。


 いいねいいね、ザマァってのはこうじゃなきゃな。おびえてくれて嬉しいぜ。

 何がザマァか知らねえがあたしがすげー楽しんだからこれはザマァだろ。

 なんだお前文句あるのかあるならこっちに来いよ。

 誰でもいいぜ、


「だってザマァってのは、結局のところ己がスッキリするためにあるんだからな!」


「消えろ悪女!」


 イケメンが頼りにならん味方を押しのけて、一気にこちらの間合いまで踏み込んできた。

 瞳に炎が燃えていて、憎らしげに歪む口元に殺意が溢れている。

 いい顔するじゃねーか。あたしは寝るよりヤるよりベッドの上より――戦場が好きなんだ。


 涼やかにきらめく銀色の剣が正義を振りかざして、あたしの血塗られた槍と交わった。

 ガチンッと金属のぶつかる音がして、お互いにはじかれる。

 間合いを取るために数歩横へずれると、びちゃっ、と生ぬるい液体を踏んだ。血だ。あたしが斬った誰かしらのものだろう。


「たとえこの手が赤く染まろうとも、国のためお前を止める!……死ね!」


 イケメンが吐き捨てる。

 あたしは無実なんだけどな。いやもう血が流れてるし当事者か? いやでも先に難癖つけてきたのはそっちで、でも元はといえ……メンドクサッ!


「悪いな、それでも黙って殺されるつもりはねえんだよ」


 パーティーの最中に死ぬのはつまんねーもんな。

 招待券代わりの槍の柄を、大事にだいじに握りしめる。

 男にばかりリードさせるのは、今のご時世的に古いからな。あたしからダンスに誘うとしよう。


「ザマァ見晒せ!!」


 腹の底からの笑い声は、審判のラッパのごとく四方に響いた。






 終

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