第20話 完成に向けての挑戦
翌朝のスタジオ。
折原が3人を制作室に集めた。
その表情には、何か決意のようなものが宿っていた。
「原画マンがいないのはもうどうしようもない。なら、君たち自身の動きを見せるのはどうかと思ったんだ」
突然の言葉に、3人が顔を見合わせる。
「どういうことですか?」
ゆらが首を傾げた。
「昨日、公園で君たちが見せてくれた『夢の続き』」
折原の目が輝く。
「あの動き、あの表情、あの生命力……
あれこそが、普通のアニメーターには絶対に描けない、君たちだけの武器なんだ」
「でも、それをどうやって……」
真琴が不思議そうに聞く。
「ロトスコープという技法がある」
折原がホワイトボードに文字を書く。
「実写の動きをトレースして、アニメーションにする手法だ」
「実写を……トレース?」
真琴が眉をひそめる。
折原が熱く語り始めた。
「この手法なら、線を引くことができれば誰でも作画可能だ。
しかも3コマ打ちにすれば、工数も減らすことができる」
「……でも」
こよりが冷静に指摘する。
「素人が描いたら、ガタガタになる」
「それでいいんだ」
折原の目が輝いた。
「線がガタついても、それが逆に生々しさになる。
君たちの生きた動きが、そのまま個性になるんだ」
3人の表情が変わり始める。
「私たちが……踊って」
ゆらが理解し始める。
「それをアニメにする?」
「アイドル時代の表現力が、最大の武器になる」
折原が力強く言う。
「残り10日。通常なら1分半のOPに3ヶ月かかるところを、一気に仕上げる」
「無茶やん!」
真琴が叫ぶ。
「無茶だ。でも不可能じゃない」
折原の声に、迷いはなかった。
* * *
1時間後、スタジオが即席の撮影所に変わっていた。
「機材調達してきたぞ!」
島尾社長が飛び込んでくる。
手にはiPhoneが数台。
「最新のやつだ。これで十分撮れる」
「社長まで……」
ゆらが感動する。
「面白そうじゃないか」
島尾が笑う。
「青春だな、こういうのは」
セッティングが整い、撮影開始。
ゆらが主人公役、真琴とこよりがサポート役に。
「音楽、流します」
折原がスマホを操作する。
イントロが流れた瞬間、3人の体が自然に動き出した。
プリステ時代の感覚が、一気に蘇る。
「そう!その表情!」
折原がカメラを構えながら叫ぶ。
「もっと前に!今の動き、もう一回!」
何度もリテイクを重ねる。
汗が流れ、息が上がる。
「ちょっと待った」
折原が手を上げる。
「2分間動きっぱなしは無理がある。
決めカットは真琴の一枚絵で持たせよう」
「うちの絵で?」
真琴が驚く。
「君の絵には力がある」
折原が断言した。
1日かけて、2分間の実写素材が完成した。
* * *
「さあ、ここからが本番だ」
島尾社長が袖をまくる。
「全員で描くぞ!」
「社長も!?」
3人が驚く。
「当たり前だ。総力戦だろう?」
事務の緒方も立ち上がった。
「私だって線くらい引けます」
「……私も」
こよりがタイムシート管理の合間に作画に参加。
しかし、一つ問題があった。
「データ流出の犯人、まだ分からないんですよね」
ゆらが不安そうに言う。
「だから俺が会社に残る」
折原が決意を込めて言った。
「24時間、ここを離れない」
「じゃあ、折原さん家に帰らないんですか?」
ゆらが心配そうに見つめる。
「折原さんの家なのに……」
「大丈夫。これも作品のためだ」
折原が微笑む。
* * *
作業が始まった。
撮影した映像を3コマ打ちでトレース。
通常の8分の1の枚数とはいえ、素人集団には過酷な作業量だった。
3日目。
「手が……痛い」
緒方が手首を押さえる。
「休憩しましょう」
折原が言うが、誰も席を立たない。
5日目。
全員の目に隈ができていた。
手は震え、視界もぼやける。
「あと半分」
こよりが淡々とカウントダウン。
「現在、全体の52%完了」
「半分か……」
真琴が遠い目をする。
「でも、なんか見えてきた気がする」
7日目。
映像が形になり始めた。
「見て!」
ゆらが画面を指差す。
「私たちが……動いてる」
線は安定しない。
ガタガタで、素人丸出し。
でも、3人の表情、仕草、息遣いが確かに映像に宿っていた。
「生きてる……」
真琴が呟く。
「これ、ほんまに生きてる」
島尾社長も画面を覗き込む。
「これは……3人の魅力が出ている……」
* * *
残り3日。
仕上げ作業に入った。
ついに、2分間の線画が完成する。
荒削りで、線もガタガタ。
プロから見れば、素人の習作レベル。
でも確かに、3人の生命力が溢れていた。
「やった……できた」
ゆらが涙を浮かべる。
しかし、折原の表情が曇った。
「どうしたんですか?」
真琴が心配そうに聞く。
「いや……」
折原が画面を見つめながら言う。
「確かに完成した。でも……」
折原の脳裏に、青山チームの映像が浮かぶ。
Luna☆Voiceのプロの歌声。
ティラノスタジオの圧倒的な作画。
「これで勝てるのか……?」
情熱は込められている。
生命力もある。
でも、技術でもない、情熱でもない。
何か決定的なものが、まだ足りない。
「……あと3日」
こよりが時計を見る。
「何か、見つけないと」
折原は黙って窓の外を見つめた。
夕日が沈んでいく。
残された時間で、その「何か」を見つけられるのか。
勝負の時は、確実に迫っていた。
【お礼】
ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございます。
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これからも続けていけるよう、頑張っていきます。どうぞよろしくお願いします!
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