後編


 お人形が、先に目覚めていた。人工太陽が照らす四十三層には高層ビルが立ち並んでいる。中心にあるセンタータワーが天上につながり人々を見下ろしている。その上には情報にあった排除層というのがあるらしい。お人形に現状を訊ねると、じっと私を見つめて、むくれる。


「おはやうござまぁすが先でしょう?」


おはようございますだ。


「おはよあごまざすー」


もういい。


「アクセス権はブラインド状態を維持したまま、私のもの。今は自由に泳いでる。制御コンぷうたがちょこちょこ内部コンぴゅたーんをしょーあくしつつありというところですわ」


わざと聞き取りにくくしている気がしないでもない。が、とりあえずうまく行っている様子らしい。


 唐突に、ノックが響いた。ホテルマンが朝を知らせに来たらしい。


「おはようございます。お客様、朝の準備が出来ております」

「あぁ、すぐ行く」


短く答えて、私は扉に向かおうとした。すっと、私の袖を掴んでお人形が首を振った。

 抱っこか? 訊ねるとまた首を振る。私は困って眉を顰めた。顰めたところで、ふと気付く。

 ホテルマンの足音がしない。私は静かに端末を開いた。ファンシー兎が危険信号を出している。次に、いくつかの文字が浮かんだ。

 見覚えのあるそれらは、銃の形式番号だった。

 ため息をついて、私はホルスターから銃を抜く。扉から死角に位置に移動して、狙いを窓に移した。

 お人形が、肩に抱きつく。すばやく二発、発砲したあと、窓から飛び出した。同時に、扉から銃弾が飛び込んできた。

 壁にアンカーを打ち込み、ワイヤーで落下速度を落として、地上に降りる。下に配置していたボディーガードに狙いを定めて発砲する。二発。銃をお人形に渡して、着地する。お人形は素早くリロードを済ませて私に銃を手渡す。


「追え! 追え!」


男たちの声が響く。

 路地を駆け抜けながら、銃口を向ける連中の頭を打ち抜く。周囲のカメラの情報を、お人形が書き換えていく。

 ちっ、と舌打ちを漏らす。


「情報更新、十六層のホテルマンが私たちを怪しんでいた様子」


十六層から一気に上に行き過ぎたか。


「情報を管理する側が、情報に管理されるようになっては……でしょう?」

「まったくだな、だが調子に乗ってしまうのは人間の醜くも美しいところだと私は思うよ」


ちょうど、十人射殺したところで、待ち伏せを受けた。二十人くらいのボディーガードが銃口を向けていた。


「銃を捨てろ! 何者だ!」


私たちがわからない、わからないのが怖いらしい。弱い連中だな、とお人形と笑った。


「もう逃げられんよ」


と大物ぶった男が怪しい笑顔で私たちの前に立った。


「アンドレフ・ウィンレンター。中層のおまとめやく」


ボス猿の登場か、と呟くとお猿さんはもっと愛らしいと、お人形が笑んだ。


「子連れのテロリストかい、あんたら」


残念ながら違うが、面倒なので答えない。


「ココで問題を起こされると僕ちゃん困っちゃうわけよ。これから手柄をどんどん立てて、上層にお迎えいただかなくてはならない身としてはね?」


ため息が出る。こんなのが管理者だとさぞかし下は大変なのだろう。


「あわわ、小物感ばりばりですわ」


お人形が聞こえる程度の声で言った。ウィンレンターの眉間が引きつる。不細工に拍車がかかる。

 くすくす、とお人形は笑う。ぴきぴき、と血管が音を立てているような気がした。


「もういい、始末しろ」


ウィンレンターが言った。


 ごうん、と轟音が響いた。私の横を数台の無人タクシーが通り過ぎた。悲鳴が響いた。お人形の柔らかな笑い声が聞こえていた。あぁ、もっと静かに上層に上がりたかったのになぁ、と私は首筋を掻いた。

 凄惨な『玉突き事故』を後にして、私は再びセントラルステーションにやってきた。内部端末に再びアクセスすると、ニュースにはウィンレンターの死亡記事が上げられていた。同時にウィンレンターが裏で行っていた裏金事情なども暴露されていた。記事には一切私たちの情報は記載されていなかった。お人形はいい仕事をするようになったな、と思う。


 セントラルステーションのエレベータは四十三層止まり。上に繋がる道は、センタータワーのみだ。センタータワーはシンデレラの中枢であり、最重要施設のひとつだった。とはいえ、地上に落ちたあとは、その使用用途がわからなかった地上の民は、センタータワーに沿う形でエレベータを建設、各層を繋ぐ道へと変えた。


 タワー内部はいくつかの区画に分けられ、それぞれに高度なセキュリティを施されている。もちろん、私でも全容を知るはずがない。


「わかるかい?」


少し疲れた様子のお人形に訊ねてみる。かなりの情報を大量に操作したせいか、疲労が見られる。普段からこれくらい大人しければ可愛らしいのに。


「――私の得意分野ですよ。内部コンピタ、現在八割掌握済み。センタータワーと制御コンピータンとの接続復旧も四十層を含め、八十二層まで完了、少しで最上層まで……”飛べますよ”」


お人形はにっこりと笑うと、センタータワーの扉を開いた。


 センタータワー、空間圧縮を利用したハイパージャンプのための施設である。タワー中央は最下層から、最上層までの吹き抜けになっており、内部の空間を一時的に圧縮することにより、空間内の距離を短縮、瞬間的に移動する装置を備えている。これにより、超高層であるシンデレラ内部には時間制約なく、移動することが出来た。


 地上の民にはわからなかったために、地上の民はセントラルステーションを建造、長い時間をかけて、このシンデレラを移動していた。

 その距離は次第に、上層と下層の間に隔たりを作り、それは生活水準の格差へと確実に変化していった。


 センタータワーを起動する。恐らく外ではパニックが起きていることだろう。おいおい、センタータワーが動いただけで驚いてたら、これから私たちがやることに、耐えられるのかい?


 ハイパージャンプが始まる。設定を終えたお人形はてくてくと私の膝の上にお尻を乗せてもたれてくる。今日はたくさんがんばったな、声をかけるとお人形はこっくりと頷いて、弱く笑った。


「少し疲れましたよ。むちゃしないでくださいね」


無茶させて悪いな、あともう少しだからな。

 排除層、とやらをコンマ数秒でとおり過ぎ、私たちは最上層についた。お人形に再会して半年、最下層に入るのに二ヶ月、制御外壁で過ごした一週間。中に入ってからは一瞬で通り過ぎた私たちの旅。

 センタータワーを出ると、中枢制御区画があった。懐かしい、環境維持アンドロイドが私たちを迎える。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


私のコートを受け取りながら、アンドロイドは言う。


「ただいま、さぁ、はじめようか」


お人形は頷き、自分の席に座って、眼下に広がる世界を見下ろした。

 透き通り、みえてくる、百層以上に及ぶ街並み。お人形は静かに告げた。


「――今から、シンデレラは空を見に行きます。きっともう地上には帰りません。私とともに、空で生きる人はセンタータワーにお集まりを。空で生きること、望まぬ人は、今すぐ無人タクシーに乗り込んで遠くへ離れなさい」はっきりとした口調でお人形は言った。

 誰にも入り込めないその空間で、私たちは私たちの旅を振り返っていた。下では、あわてふためく人々が、自分の身の振りに頭を悩ませている。シンデレラは変わっていく。恐らく今までとはまったく違う形の都市になるだろう。


「もし、人が変わらぬままならどうしよう?」


お人形が訊ねた。


「ならば都市部を切り離してしまえばいい」


お人形はそんなこと、きっとしないだろうけど。

 あの日、地上に落ちたとき、冷凍睡眠していた私は、お人形と一緒にシンデレラから脱出した。長い歳月の後、遠くの土地で目覚めた私は、救難信号を出し続けていたお人形と再会した。


 世界は夜に満ちていた。蹂躙された世界は厚い雲に覆われ、凍える吹雪に閉ざされていた。私たちが見つけたシンデレラは、地上に根を張る醜い塔へと変貌していた。

 空にいた頃、シンデレラの中で、紛争が起きた。層に分かれて、血で血を洗うような争いが蔓延し、飛び火を恐れた他の高度住居空間からアクセスを拒否され、追い詰められたお人形はシンデレラから逃げ出した。

 結果、中枢制御を失ったシンデレラは落下し、今に至った。


「――空を見たい」


塔を見上げてお人形はそういった。この雲をつき抜けた先にある、真っ青な美しい空。

 飛ぶことを諦めた、哀れで醜いシンデレラ。

 私はお人形の手を取り、誓った。再び、シンデレラを空に返すと。


「たくさん、出て行くね。みんな空が怖いのかな」

「きっとそうだね。……じゃあそろそろ行こうか」


 こくりと頷いて、お人形は目を閉じる。さぁ、行こう。君が望む世界へ。二人ぼっちかもしれないけれど。


「ねぇ、そろそろ名前、決めてよね。いつまでも名前がないのは落ち着かない」


 そうだね、空に上がったら、真っ先に君に名前をあげよう。可愛らしい、お人形さんに似合う、良い名前を。

 さわやかな、空が似合う名前がいいな。そうしたらこの子の母親になるのも悪くはない。

 最下層で静かにエンジンが駆動する。シンデレラを包むように光を放ち、上空の空間が次第に圧縮されていく。

 突き抜けろ。この暗い雲なんて切り裂いて。

 飛んでいけ、シンデレラ。この子の空を見つけるために。


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シンデレラのお人形 佐渡 寛臣 @wanco168

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