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第1話

 我は二度の転生を経て、三回目の生を授かり小さくて可愛いエゾモモンガとなり、今は主(あるじ)からとても可愛らしい名前で、モモちゃんと呼ばれている。

 

『主ぃ~いくら何でモモちゃんはないですよ!』

 人間として三十五歳。世間からはおっさん呼ばわりされる年齢まで生きた。これだけでもモモちゃん呼ばわりされる事に憤慨しても良いと思う。

 それなのに異世界転生で龍種において最強の魔龍として生まれ、長じて魔龍王と呼ばれ、後に魔王四天王の筆頭となり、魔王の右腕として勇者達と幾度もの死闘を繰り広げた後に、魔王を弑して魔王位を簒奪。最終的には勇者達と相打ちになり三百有余年の生を終えた。そんな濃い転生人生を全うした我は、前々世の頃の地元である札幌でエゾモモンガに転生し、モモちゃん呼ばわりという、未だ嘗てない冒涜を受けている……何の因果でこんな事に?



「ご飯だよ。モモちゃん」

 どう見ても二十歳は越えていない妙齢(妙齢は本来十代の若い女性を指し、女盛りの色っぽい女性などと言う意味は無い)の小柄で可愛いらしく、おっとりとしたお嬢さんが我が主である。

 しかし小柄で可愛いと言ってもエゾモモンガの身である我にとっては普通に巨人である……いや、元々普通の魔龍形態でも、首をひょいと上げれば人間共が築く城壁の高さを超えて、上から中を見下ろせた頃の感覚からすれば、雲を突く様な大巨人に等しい。

 そしてその大巨人こそが悩みの元である我が名の命名者である。


 飯はありがたい。まだ授乳期なので飯というかミルクだが飲むと力が湧いてくる気がするくらい身体に良いんだと思う。

 でもモモちゃん呼ばわりは勘弁して頂きたい。モモちゃんで無いならエゾモモンガの最初と最後を取ってエガちゃん……いや、これは違う。名前もそう呼ばれる人も嫌いじゃないが自分がそう呼ばれるのは何か嫌だ。

 それに、その命名法に則れば、モモちゃんだってエゾモモンガの名前の真ん中のモモの二文字で大した違いがないと指摘されたら何も言い返せず落ち込むしかない。


 何とかならないモノだろうか? そもそも魔龍として転生した際の両親だって、そんな杜撰な命名法はしなかった……まあ、元人間として決して納得出来た名前では無かったが、少なくとも魔龍族的には子供の為に愛情をもって考えた良い名前ではあったに違いないだろう。

 その名前に疑問を感じるのは、当時はまだ人間だった頃の感覚が抜けてなかった我に問題があったのだと思う。魔龍族的には、きっと奇をてらっていない、ごく普通に良い名前なのだろうと思わないとやってられない。

 日本語に直訳すると【魔龍山 一太郎】

 ……駄目だこれ以上自分に嘘は吐けない。その名を思い出しただけで魔龍族というか異世界の全てが許せないという気持ちが沸々と湧いて来る。


 苗字の魔龍山は、今時の相撲番付にだって「なんとか山」は少数派だと思うが、まあ仕方ない。これは元々地名であり、魔龍族発祥の地とされる伝説上の山を意味しており、それは魔龍族の中でも始祖の流れをくむ八支族だけが名乗る事が許された名誉ある家名なので、日本人だった頃の感覚でダサくて嫌だと文句をつけても仕方がないんだ。

 だけど一太郎って何だ? 昔のワープロソフトか? それに命名法則としてもおかしい。本来一郎と太郎は同じく長男である事を示す名前だ。その二つを合体させてどうする?

 もしかして我には兄がいて、流産したのか我が生まれる前に死んだのかした為に、我は自分と死んだ兄の二人分の名前を背負ったのか? それはそれで重くて嫌だ!

 前世でも名前に苦労したなら耐性が出来たのではないかと思うかもしれないが、やっと納得出来ない名前で過ごした生を終えたと思ったら、転生してまたもや納得の出来ない名前で生きるなんてストレスも百倍だ。


 そんなモモちゃんである我が主に飼われているというのは正確にはちょっと違う。

 どう違うかというと少し説明が必要になる。

 エゾモモンガは飼育が禁止されているだけではなく、保護するという行為にさえも許可が必要になる。ちょっと面倒な生き物である。


 そんなエゾモモンガとして生まれ、その日の内に親に捨てられたのが我だ。

 まあ、明らかに我は普通のエゾモモンガの赤ちゃんとは違う何かだったのだという自覚はある。だが人間と魔龍を合わせると三百五十年近い時を生きた我とて、正しいエゾモモンガの赤ちゃん振る舞いなど知る由もない。むしろ知っていたら怖い。

 親エゾモモンガは、そんな我を気持ち悪いと感じたか不吉と感じたかは分からないが、捨てられた事に関しては我が悪いので仕方がない事だと納得しているし、むしろ大切な愛するべき子供の中に我の様な怪しい何かが入っていた事に関して、本当に申し訳ないとすら感じている。


 捨てられた後、我を拾って保護して生き永らえさせてくれたのは、紛れもなく彼女であり、その恩に報いるために我は彼女を生涯、主として仰ぎ主の為になら力の及ぶ限りどんな事でもすると誓った。それに異を唱える者には不幸が訪れるだろう……漏れなくだ。


 思えば主に拾われた当時の季節はまだ春と呼ぶには少し時間が必要な時期だった。

 瞼も開かない内に育児放棄され巣から捨てられたので、ちゃんと状況をこの目で見た訳ではないが、多分我は樹洞(木の幹や枝に出来た穴で【じゅどう】と読む。決して三代目のNT主人公じゃない)に作られた巣穴から放り出されて新雪の上に落ち、そのまま柔らかな新雪の中に沈み込む形になったと思われる。

 前世魔龍王とはいえ、まだ身体を満足に動かす事も、魔力操作も出来ない状況では上に這い上がろうともがくも、実際にはほぼ仰向けで手足を緩慢に動かすのが精一杯で、動くほど下へと沈んで行き、毛も生えていないピンク色の皮膚丸出しのネイキッド仕様なので、急速に体温が奪われもはや座して死を待つしかない状況にあった。


 今生の短さに『これで死ぬのは三度目とはいえ、死には痛みと苦しみが伴うんだよな。また転生を繰り返すというなら、もう少し長生き出るマシな一生を頼むよ』と、完全に諦めモードに入って、我に転生を強いる神か悪魔かも知らない何かに祈っている有様だった。


 そんな時、深雪をザク、ザクと音を立て踏みしめ、掻き分けながら近づいてくる何者かの気配。

『犬かな?』

 野犬ならアウトだが飼い犬ならワンチャンある……犬だけに。

 野犬と違って殺して食べるという経験が無いから、普通に咥えて飼い主の下に連れて行ってくれるかも知れないと僅かな期待を抱いていた。

 やがて音は我の近くで止まる。さて鬼が出るか蛇が出るか……それはどっちも駄目なパターンだよ。


 などと考えていると次の瞬間、雪よりは少し温かい何かに身体が優しく包まれて、ゆっくりと上へと昇って行く。

 まだ目も見えていないので相手を見る事は叶わなかったが、こんな冷え切った空気の中、道を外れて深く積もった雪だまりの中を掻き分けて助けに来てくれた。そう思うと手袋もなく雪を掻き分けて掘り出し、冷たくなってしまった掌の中で我の胸が温かくなった。


 そしてその温かさは、荒んだ前世では感じた事が無かったのもあって、とてもとても嬉しかったんだ。

 その時、この手の相手こそが我が生涯の主であると我は勝手に決めた。

 それは誰にも我にさえも変える事は出来ない運命だったのだ。


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