第15話 真相

【視点:万古音 舞椰】


「やぁ、二度目ましてだねぇ♪」


ボクの10倍以上はあるその巨体を見上げた。両隣にいる司命たちが土足で踏み込むボクの元へすっ飛んでくる。


「ハハハ!良い、通せ、そいつは特別だ!」


奥からディストーションをかけたベースの開放弦よりずっと低い笑い声が聞こえた。よくこんなに下品に笑えるものだなと感心さえする。


「お前確か…東 室九郎と契りを交わした化け狐だな?何の用だ」

「いやぁ、大閻魔ちゃんには是非御礼を伝えたくてね♪」

「御礼だぁ?」


ボクはフフッと笑みを見せ、大閻魔に尻尾を振った。今ボクとむっくが生きていられるのは、このお方がくれた力のお陰なのだから。


「東 室九郎が発動させた非科学的な力なら礼には及ばない。あれは契り制度についてくる必然的なスキル特典だ」

「あー、今日はそんな初歩的な話をしにきたんじゃないんだよ」

「何だと…?」


ボクはひらひらと手を振ってアピールして見せた。大閻魔の反応を見ておく必要があった。すべては、今後の壮大な計画の為に。


「いやぁ、万古音 舞椰…。お前の間抜けさには笑わせてもらったぞ。バディの死神が生成する大鎌を消し去る能力の為に、契りの特殊スキルを充てるなんてーーガッハハハ!」


あなたがボクたちの物語を楽しんでくれるうちは、ボクはむっくと一緒に生きていける。ひとまず安心して、大閻魔にひとつサプライズの土産話を披露することにした。


「そんなことより、大閻魔ちゃんは気にならない?フワ・セイジと対峙したあの絶望的なシチュエーションをーーボクさんたちがどうやって切り抜けたのか?」

「お前ら…あの一件でS級に昇格させてやったからと言って随分と図に乗っとるようだなぁ!一部始終を見ていたぞ。奇跡と奇跡が重なって、やっとどうにかなった泥試合だったじゃないか。あんな再現性のないやり方では早かれ遅かれーーん…?」

ボクもまだまだ修行が足りないーーあまりに思惑通りに進みすぎてつい笑みが溢れてしまうよ。

「なーんだ、大閻魔さんですら気づいてなかったんだね。今回の化かし合いは、ボクの勝ちだ!」

「何だとぉ…?」

「案外、冥界もチョロいかもなぁ、なんてね♪」


思い出してごらん。ボクが契りの特典スキルを学習した日からの全てを。

室九郎は右手の大鎌でワタナベ・ミユウの魂を狩ると言った。

室九郎はあの廃倉庫に絶対に千風を呼ぶなと言った。

室九郎は3000万円なんて絶対に集まるわけがないと言った。

室九郎は廃倉庫の中から絶対に生きて帰れないと言った。

室九郎はもう妖力なんて残っていないと言った。

室九郎はボクと一緒に死ぬと言った。

太田原千風と会社を作り、3人でずっと一緒にいたいと言った。


「あ…?」

大閻魔の顔が曇る。ここまで言えば流石に気づいたかな?


「まさか…お前が契りで得たスキルってのはつまりーー」

「そう。『東 室九郎を嘘つきにする能力』だったんだよ」


大閻魔は暫くあっけに取られてから、また馬鹿でかいボリュームで大笑いした。何度聞いてもうるさいなぁ。


「万古音 舞椰!あの局面でしれっとそんなスキルを学習してやがったのか。やっぱり面白ぇわ、お前!」

「むっくのネガティブ思考はすごいからねぇ。逆手にとることでどんな逆境も超える力が手に入ったってわけ♪」

「考えたな化け狐…その能力、使いようによっては姉さえも超えるSSS級の仲間入りも狙えるじゃねぇか、とんだペテン野郎だぜ!」


「あ、そうそう。これは御礼代わりの忠告なんだけどーー」

「あん?」

「あんまりむっくのこと…ただの大人しいフリーランス死神だと思って雑に扱っていると、思わぬ方向からブッスリ刺されるかもしれないから気をつけてね」

「あぁん?どういう意味だ?」

ボクは現世へと踵を返す。この世とあの世を繋ぐゲートーー大好きな門番さんのいる「Abyss MOON」へ戻る時間がやってきた。

「…冥界を統べる大閻魔よ。近い未来、その椅子に座るのがーーむっくかボクになるかもしれないってことだよ♪」


ボクは決意する。ボクが死神の威を借る狐となり、いつかこの世の中をーー。


「なーんて、最近作った曲、あまり古参ファンの受けは良くなかったんだ。歌の練習があるのでお暇するよ♪」


***


【視点:太田原 千風】


「オオタ・チカちゃんって言うんだ。良い名前だね」


海の近くに引っ越してから私は、マッチングアプリなるものを始めた。焦っているわけではない。だけど、私は女だった。それを明確に思い出させてくれた者がいた。


今日の男もつまらなかった。過去の誰かと比較しているわけでは決してない。ただどうしても、その人が目指すものや背負うものを聞いても、そのご立派な思考に肝心の行動が追いついておらず、ワクワクしきれない自分がいる。繰り返しになるが、誰かと比較しているわけでは決してない。私自身が全てを開示できない状況にあるのも重大な原因であった。それも重々分かっていた。


懐かしい気持ちになって、数ヵ月前まで使っていた一眼レフカメラを棚の奥から引っ張り出した。しばらく使っていなかった。海辺は風に砂が舞うから、精密機器との相性があまり良くないのもある。


その一眼レフは、春に撮影したのを最後に、一旦役割を終えていた。夜の井の頭公園のデータが残っていた。スマホのデータを消して全部消した気になったんだ。金髪ツインテールの女の子がベンチに座って独り言を言っている。きっとオーバー・ドーズか何かで訳が分かんなくなっているんだ。ツインテールの女性がずっと、絶妙にカメラの画角の中心部からズレている。まるでその眼前にある何かがメインの被写体であるかのように。


この時私はーー死神を撮っていた。


初めて説明を受けた時は驚いた。どうして私にも死神が見えてしまうんだろう。そう思うと怖かった。既に終息時計が進んでいる人間だから、見えるのだと思っていた。舞椰くんが「チカには見えないはずだから」と撮影中に死神モードの室九郎さんの居場所を教えてくれた。カメラには映らないのに、私には見えてしまう。私の死期が実は確定しているなんて、言えなくて。


両親のお墓が立つお寺で買ったオレンジ色のストラップ。本当は室九郎さんに手渡したかったけど、あの日咄嗟に引っ込めた。もうすぐ死ぬなら形見にしてもらおうと思って、自分が付けることにした。


フワ・セイジとの対峙を乗り越えて、私の終息時計は確かに止まった。

死神の理(ことわり)ーー死神の姿を見た人間の記憶は消える。


それなのに、終息時計がなくなっても、死神の黒い翼が見えていた。記憶は正常に消されたはずなのに、あの死神を今でも覚えている。そこから炙り出されてしまう事実がある。確実に私は、純粋な人間ではない。だけど、私のルーツを教えてくれる家族はとっくにいなかった。


冷蔵庫を開けて、ミルクジェラートを一口食べた。進まなかった。その代わり最近やけに熱くて辛いものを食べたくなる時がある。以前の私では考えられなかった味覚の変化だ。その時だった。


胃がひっくり返りそうになって、キッチンのカウンターに手をつく。蓄積されていた得体のしれない疲労感。最初はただの風邪だと思っていた。私は目を閉じて事態を受け容れようとする。新しい時間が始まろうとしていた。


***


【視点:東 室九郎】


歌舞伎町の巨大モニターには、薄汚れた画素を媒介に正義と欲望が交錯していた。ワケもなく大きなくしゃみが出て、隣で舞椰がビクリと跳ねた。もう冬だ。俺たちが出会ったのも一年と一年の切れ目にあるこんな寒い日だった。


「イシシ、地獄みたいな共演してらぁ」


舞椰が見上げる先へ、俺もふと目を向けた。ネットテレビ局の討論番組か何かが、新たな時代の働き方を語る新書の紹介を挟んでいた。次クールの大河ドラマ主演が内定した、今をときめく日本の大女優がニュースキャスターまで器用にこなしている。イマドキの死生観を過激に切り取るニュース配信者が、ゲストなのにやけに段取りの良いトークをテンポよく展開していた。


「それでは、先日この世を逝去した作家・キタモリ・タツヤさんの著書についてのご紹介です。これは大企業の出世争いに巻き込まれ心が壊れて脱サラした著者が、何の為に働き、稼ぎ、生きるべきかをまとめた自叙伝となっておりーー」


妖力が限りなくゼロに近かったあの日、俺は非科学的な力で舞椰を守った。そのエネルギー源が妖力ではなく、この世に蔓延るジバク化した魂たちの結晶だったと知ったのは、9月末に1000を超える納品魂数をの確認がとれた時だった。福利厚生サービスと銘打つ「バディ契約制度」なんて大閻魔が何の為に作ったのかと思っていたが、まんまと死神の人手不足対策と、魂のサステナビリティ施策に取り組む冥界のイメージアップに一躍買わされていたわけだ。どこまでも大閻魔の手中で踊らされている自分が嫌になる。それでもーーもう暫くは、この混沌の世界で様々な魂の物語に触れながら、歩んでいこうと思った。


『本日のゲストは、むくまいカンパニーCEOの『SEN様』でした! ありがとうございました〜!』

「ねぇ。むっく…まさかと思うけど…あの子の記憶、ちゃんと消したよね? もしかして未練がましく、わざとちょっとだけ残していたりして」

「んなわけねぇだろ。仕事に私情は挟まねぇよ。記憶抹消は確かにちゃんとやった。死神を見た人間の記憶操作をしくじることはまずない。あいつにアヤカシの血でも流れていない限りは、完全に記憶は消えてるよ」

「そーだよね♪ ボクさんの考えすぎか」


雑踏。冷たいひやっとした空気。酒で現実逃避する男の怒号。警察官2人組に叩き起こされ、男は肩を押さえられた。起き上がれない。品のない公務員が煽るようにその顔を覗き込む。「まだ何もやってねぇよ」男は不安に顔を歪ませて、そう凄む。体を大きく揺らして恐怖に抵抗し、なんとか立ち上がる。片方の警察官に両手を背中の後ろで押さえられバランスを崩す。男の頭が警官の鼻先にぶつかった。警官の鼻からは血が流れた。警官たちは応援を呼び7人がかりで男を囲む。アスファルトに顔を押さえつけられてから男は殴られ、蹴られ、擦り傷と青タンだらけになっていく。悪気が有る無いに関係なく、事実の有無だけで判断され、その手に冷たい錠がかかった。加害者と被害者が一緒くたに溶け合い混じる「社会」という目に見えない大きなコミュニティ。その運営上の理由により、都合の良いように線が引かれていく。パトカーへ連れられる途中、男が己の舌を噛み千切り運命に中指を立てた。その強さに俺は羨望の眼差しを向けている。


「死神さん、急遽お仕事みたいですね〜」

「……だな。テレパシー繋ぐから、届く位置に居ろよ」

「あいっ♪」


舞椰が八重歯を覗かせ、俺の背中を押した。巨大モニターに映る女は街中の信者に手を振った。雪が降ると同時に、男の終息時計のカウントダウンがゆらりと現れた。肉体より浮き出た魂は、まだまだタフで図太そうな心残りの根を伸ばす。俺に大人しく冥界へ連れて行かれるか、その足でもう一度立ち上がるのかは、この男が自分で決めればいい。この仕事に私情は要らない。俺は意思を持たない代わりに黒く大きな翼を広げ、淡々と男の魂のもとへ歩み寄った。今日もまた、誰かの命にほんの一握りの意味を添える仕事が始まる。その魂にそっと手を差し出した。


「残念ですが、死神です」


ー完ー


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フリーランス死神、化け狐と契るってよ @garaship

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