第一話 最初の街 ナトゥーア
俺は何も無い草原をポンコツ女神のヒスイとひたすら歩いた。小さな町が見え安堵のため息をつくと茂みの方から丸い物体が飛び出してくる。
「うわっ!?」
目の前に現れたのはオレンジ色のスライムだった。地球には存在しない生物を初めて見た俺は咄嗟な出来事に驚いて尻餅をつく。
それを見ていたヒスイは口の中を奥歯で嚙むようにし笑いを堪えていた。
「……ぷっ……あっ……すみません…ふふ」
しかしヒスイは笑いを堪えきれず笑みが口角に浮かび、無邪気にくすくすと笑い始める。
「はじめさん、スライムは子供でも倒せるほど弱く大人しい魔物ですので……そんな…腰抜かすほどびっくりしなくて大丈夫ですよ?でも、仕方ないですもんね。初めて見ますもんね?スライム。ふふ」
ヒスイは何もかも見透かして優しく理解するような目付きで微笑み、座り込んでいる俺をまるで子供に接するように頭を撫でる
俺は無言で立ち上がりヒスイの肩を力強く掴み大きく揺らす
「モンスターが普通に居る世界にお前が連れてきたんだよ!!あと驚いて当然だろ?!地球にはこんな歪な生物居なかったんだから!!」
辺りに響いて、木霊する程大きな声で言うとヒスイはびっくりして目を見開く。
「ご、ごめんなさい!驚いた姿が余りにも可愛かったので……つい……でも、スライムは体内の核を砕けば倒せますよ」
潤んだ目で申し訳なさそうに見つめるヒスイに俺はこれ以上何も言えなかった。
そして俺はスライムに向き直るが武器という武器を持っていない事に気付く
「核……か。あ、そう言えば俺着ている服以外生身のままだから武器無いじゃん……」
鈴木はじめの装備はふらりと立ち寄った靴屋で買った安い革靴と、灰色のスーツと黒のカバンだけだった。カバンで攻撃……いやないな。弱すぎる…
俺は考えた。どうやったらこのスライムを倒せるだろうか……と。すると俺はここでヒスイのある言葉を思い出した。
「スライムは子供でも倒せる程弱く大人しいモンスター」
一か八かこの方法を試すしかない。ズボンのベルトを外し二つ折りにして端と端を束ねて片手で持ち構える。
ヒスイはそんな俺の姿を興味津々で見つめている。
慎重に間合いを詰め、手に持っていたベルトをスライム目掛けて思いきり振った。
「いっってぇぇぇ!!!」
攻撃が当たった瞬間ぷよんとまるでトランポリンの様に跳ね返りベルトの金具部分がスネに当たり、痛みに悶絶する。
「ヒ、ヒスイ……最初に俺をこの世界に転移させる時に隕石にも耐える身体に再構築するとか言ってなかったか!?ベルトの金具がめちゃくちゃ痛いんだけど!?」
そう確かにヒスイは、はじめを転移させる際に隕石程度では死なない丈夫な身体に再構築するとはっきり言っていた。するとヒスイは困った様に首を傾げる
「確かに私は隕石程度では死なない丈夫な身体に再構築すると言いましたよ。はじめさんは今やどんな攻撃や魔法をその身に受けようとも身体が消滅しない限り死にません。ですが痛みを無効にするとは言ってませんよ?攻撃を受ければちゃんと痛いです」
屈託のない無邪気であどけなく微笑むヒスイを見てはじめは怒る気にもなれなく、「それもそうか。そんな上手い話あるわけないよな」と自分に言い聞かせた。
するとヒスイは「仕方ないですね」と言いながらスライムの前に仁王立ちになる。
「邪魔する者は消えなさい!」
スライムに掌を翳すと、真っ直ぐ立つのが困難なほどの強風が発生して、風がヒスイの掌に一気に集まっていき、集まった風は形を変え一気に凝縮されてサッカーボール程の大きさになる。
「ゴッド・ウインド・バレット!!」
そう叫ぶと、風の球体はスライムの核ごと消し飛ばした。さらにその影響でスライムが居た場所が大きく陥没していた。
あまりの威力の強さと、初めて見る魔法に俺は驚きで息を呑み金魚のように口を開け固まってしまう。
「強かったんだ……ヒスイ…」
まだ興奮で心臓が高鳴っているが必死に抑える。
初めて見る魔法は現代の科学では到底再現出来ない程神秘的で綺麗だった。
「当たり前じゃないですか!私、女神ですよ?」
得意げに笑うヒスイを見て俺は改めて、こいつはポンコツだけど女神だったと実感した。それと同時に最初から倒してくれてれば良かったのにと無音のため息をつく。
そしてしばらくの間何も無い草原を歩いていると最初に見えた街が近くに見え始めた。
体感では合計3時間くらい歩いた気がする
「やっと街が見えてきたぞヒスイ!」
俺は全身から喜びが
街の入り口に到着すると、背の高い獣のような守衛が立っていた。
「おい、どこから来た?まず名前を教えてもらおうか」
獣のような守衛は野太く低い声で聞いてきた。
俺は脳をフル回転させ、言い訳を言う。ここで日本から来ましたと言っても伝わらないし、下手したら牢獄送りになるかもしれない。
「東の国から来ました…俺は鈴木はじめで、緑色の髪がヒスイです」と恐る恐る言うと守衛は呆れた様に頭を掻く
「ほぅ。ここが東だが?」
俺は失敗した。無難だと思ってた東の国が通用しなかった。そこでヒスイがすかさずフォローする
「こ、ここよりもっと東です!実は国があるんですよ!」
見てわかるほどに冷や汗をかくヒスイを見て、俺は絶対無理だと思った。
守衛はしばらく沈黙したかと思うと、納得した様に俺の肩を叩きながら笑う
「……成程!まだ国があったのか!いやはや俺はこの街から出ないから知らなかったんだ。すまなかったな。少し待っていてくれ」
俺は目付きに安堵の色が蘇り、笑みを浮かべる。
しばらく待っていると守衛は剣に竜が巻いている絵が掘ってあるペンダントを渡してきた。
「これがこの国の通行証兼滞在証だ。これは仮の通行証だから約一週間ほどで失効する。もし、この国に住んだり、長期滞在が必要ならこの街の冒険者ギルドで身分を登録してくれ。それじゃあ宜しくな!はじめ、ヒスイ!」
守衛は俺とヒスイの肩を力強く叩き街に入れてくれた。目の前に広がる光景は、石造りでレンガ等の素材で出来た家々が立ち並ぶ街で、好奇心と驚きで瞳に熱を帯び、興奮で震える。まるで、昔ネットで見た中世ヨーロッパのような街並みだった。
「すげぇ!綺麗な街だ!」
思わず大きな声が出るが周りの喧騒にかき消される。街行く人々は、人は勿論の事ドワーフやエルフ、獣人と言った多種多様な種族が居た。
「おぉ!しかも、色んな種族がいる!」
しばらく好奇の目でキョロキョロと周りを見渡すと大きな建物が見えた。看板にはギルドと記されている。最初に言語理解能力をヒスイに授かってるので勝手に日本語に変換されている。
「行きましょう、はじめ」
いつの間にか呼び捨てになっているヒスイは無視し、恐る恐る扉に手をかけギルド内に入ると飲食店と合併しているのか、酒を飲む屈強な冒険者や、踊り子の様な女性等様々な人で賑わっていた。
俺は真っ直ぐ受付に向かう……受付には3人いたが空いている方に行く。
「ようこそ冒険者ギルドへ!今日はどうなされましたか?」
受付の女性は誰もが振り返るような、咲いたばかりの花のように美人で、目の下にホクロがある茶髪ポニーテールの大人の女性だった。
「二人分の冒険者登録をしようと思いまして…」
「成程!登録と言うことは、このロウス王国は初めてなんですね?ようこそ自然と慈愛の街 ナトゥーアへ!こちらは駆け出し冒険者が集う街となっておりますのでゆったりと過ごせますよ」
優しく微笑む彼女はとても愛らしく、上品で美しい。受付のお姉さんに書類を渡され、名前と年齢、その他簡単な個人情報を記入して登録を済ませる。
「確認致しました。では最後にこちらの水晶に手を置いてください。こちらでステータスが分かります。」
言われた通りに、目の前に置かれている水色の水晶に触れると、小さく光る。
「ありがとうございます。え?……攻撃耐性レベルははMAXですね。前代未聞です!あー。しかし他の能力は平均以下ですね。」
期待して損した。俺の能力は攻撃耐性以外は平均以下らしい。そして次にヒスイも水晶に触れると受付のお姉さんが驚愕する。
「知能と運は平均以下ですが、その他の攻撃力や魔力と言った戦闘においては最強です!!すぐにでもSランク冒険者になれる逸材です!」
受付のお姉さんがそう言うと、ヒスイは俺の肩を組みドヤ顔を見せる。
「二人とも、改めてよろしくお願いします。私エルシィと申します。今後ともこちらのギルドをどうかご贔屓にお願い致します」
───エルシィは俺とヒスイに向かって深々とお辞儀をした。そしてこの瞬間、俺とヒスイの異世界での生活が幕開けした。
第二の人生こそは幸せを謳歌する-The Second Life Celebrates Happiness- 久遠翠龍 @Kuon_SuiRyu
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