第二の人生こそは幸せを謳歌する-The Second Life Celebrates Happiness-

久遠翠龍

プロローグ 人生の終わりは突然に

───いつからだろうか……社会に怯え失敗を恐れ、何事にも挑戦しなくなったのは……昔は犯罪以外なら積極的にどんな事でもやってきた。怖いものなんて無くて後先考えずに突っ走てきて、自分が最強だなんてそんな馬鹿げた事も思っていた。

 しかし社会でその勇敢さと無謀さは通用しなく、何もするにも上の人の許可が必要で少しでもミスをしたら頭ごなしに怒られ殴られる。他人の顔色を伺っては下げたくもない頭を下げて、媚びを売る。

プライドなんてとっくの昔に捨てた。


 子供の頃は早く大人になりたいだなんて思っていたのに今じゃ子供に憧れている。何も考えず無邪気に遊んでいたあの頃が今では羨ましく思う。時々、あの時こうやっていたのなら……上手く立ち回れていたのなら今よりもっと良い人生を送れていたのではないかとか、過去の後悔ばかりを思い出し苛まれては愚痴や悩みを吐き出す場所も特に無くただ心に背負って生きている。


 昔は憧れていたになって知った事がある。俺の周りの大人は平気で嘘をつき、人を簡単に陥れる……優しさなんて上辺だけの汚い大人達ばっかりだった。


 俺は大学を卒業してすぐにとある会社に入社をした。最初こそは期待と高揚感で胸を弾ませていたがすぐに絶望に落とされた。

そこは所謂ブラック企業で、過労死ラインを余裕で超える残業や酷いパワハラ…少しでも言い返そうものなら叱責や暴力が飛んでくるような環境だった。


食い繋いで生きていく為だけに何の目標も無くただ必死に働き続けた。

縋り頼る人も居なければ親しい人もいない。一度でいいからを送ってみたかった。

夢も見れず、言いたい事も言えない、こんな腐った世界ならいっその事無くなってしまえばいいのに……そんな邪悪な考えが脳裏にぎった。

 その瞬間、俺の最悪な願いが神様にでも届いたかの様に空が光り始め、無数の巨大な隕石が日本に降り注ぎ始め、23年間の俺の人生は終わりを迎えた。


 俺は隕石により死んだはずだった。なのに瞼の裏には光が通っている。恐る恐る目を開けるとそこには何も無い白い空間が広がっていた。

 人間驚き過ぎると言葉が出ないとはよく言ったもので放心した様に口を開け固まってしまう。

 すると、何処からか透き通った鈴のような優しい女性の声が聞こえてくる。


「鈴木はじめさん……貴方は残念ながら隕石の衝突により死亡致しました。実は隕石がはじめさんに落ちると言う運命はで本来ならば、はじめさんには当たらずに済むはずでした……予想より早くに寿命が来てしまった貴方にまずは謝罪をします……日本も甚大な被害は出たものの、奇跡的に壊滅とまではいかず死者も少なく済んだのです。」


 色艶の良い鏡の様に輝く薄緑色の髪を靡かせ、長くのぞき込んでいると中に自分が吸い込まれていきそうな程、深く澄み切ったガラスの様な緑色の綺麗な瞳と白のドレスに胸元には宝石のブローチを付けた美しい女性が俺の前に立っていた


俺は息を呑んだ。こんな神々しくて美しい女性は初めて見たからだ。緊張していたが何とか言葉を発する

「えっと……貴女はどなたで…ここは何処なんですか?あと何で俺は死んでるはずなのに今こうして貴女と話せてるのでしょうか…?」


俺は慎重に無難な言葉を選んで質問をした。するとこの女性は優しく微笑みながら丁寧に答え始める。


「名乗るのが遅くなり申し訳ありません。私の名前はヒスイです。と言ったところでしょうか。これを踏まえるとお気付きだとは思いますが、この場所は……天界となっております。貴方の肉体は勿論現世にあり、魂だけがこの場所にある状態なのです。ですので私と普通に対話が出来ています。と言うのもはじめさんの魂が消える前に私が急いで天界に呼び寄せたのですが……」


申し訳なさそうに頭を掻きながら微笑むヒスイは少し儚げで今にも消えてしまいそうな程繊細に見えた。しばらく気まずい無言の時間が続いたが、俺を呼び寄せた理由は何なのかはまだ聞いていないので躊躇しながら理由を問う


「……それで、俺を天界に呼んだ理由と言うのは?…」


そう疑問をぶつけるとヒスイは慌てた様に目を泳がせながら謝る


「あっ!あぁ!ごめんなさい!本題をすっかり忘れていました!鈴木はじめさんを此方に呼んだのは他でもありません……本来は90歳の時にに見守られながら寿命を迎えて死ぬ予定でしたのに、私の手違いで……その……23歳と言う若さで死なせてしまいましたのでお詫びに今の身体のまま別の世界に転移させようと思いまして……地球の方では一度死んでしまってるので…生き返らせることは出来ないので、別の世界でなら再びはじめさんの身体を再構築して……」


俺はヒスイの言葉を遮る様にすかさず横やりを入れる


「ちょっと待て……家族?って事は俺結婚できてたって事?え?俺、幸せになれてたって事かよ!?ど、何処の誰!?俺どんな人と結婚したの!?」


俺は絶望や怒りを通り越して何故か好奇心が勝ってしまい、どんな人と結婚してたかを聞くと、ヒスイは困った顔で笑う


「はじめさん、未来の事は聞いたらダメですよ?」


この言葉に俺は初めて怒りが湧き顔を火のように真っ赤にしながらヒスイの肩を掴み揺らす


「おい!笑ってんじゃねぇよっ!俺死んでるから別にもう関係ないだろ!!誰なのかさっさと教えろ!」


大声でヒスイに怒鳴るとびっくりして目を見開きながら先程までの儚げなんて一切なくなり、子供の様に半べそをかく。


「ご、ごめんなさいい!!会社の同僚ではじめさんのとなりの席の人ですよ!30歳の時に貴方は彼女にプロポーズをして結婚する予定でした……」


ヒスイは申し訳なさそうな顔で顔色を伺うがはじめは意外にもため息を吐いただけで、精々したと言うような穏やかな顔付きだった。


「……そっか。あの人が……でももう過ぎた事だし、地球ではもう生き返れないんだろ?ならその別の世界とやらで幸せになるよ。今度は何にも縛られずに地球に居た時よりもっと良い人生を送れる事を願うよ」


はじめは先ほどとは打って変わって、一段と柔らかい口調で微笑みながら言う。

ヒスイの謝る顔が会社での俺と重なり罪悪感が湧いた。いや別に俺は悪く無いんだけどね?

するとヒスイは安堵の表情を浮かべながら手をはじめに翳す


「貴方にとって新しい世界はきっととても大変な世界でしょう。剣と魔法の世界で魔物という存在が普通に蔓延っています。でも安心してください…せめてものお詫びで自然と森の女神である私の加護と、言語理解能力、隕石程度では死なない丈夫な身体に再構築致します……どうか貴方の望むを叶えてください。私は天界で見守っています!」


ヒスイがそう言うと目の前が光で包まれ高い所から落ちる感覚が体を襲う

───俺はとある草原で目を覚ました。しっかり感覚もある。細胞の一つ一つが小躍りしている錯覚さえ覚える程心が弾んでいる。嬉しさを噛み締めるように小さく呟く


「……第二の人生こそは幸せを謳歌してやる」


周りを見渡そうと後ろを向くと見馴れた女性が絶望に陥った、青ざめた顔で立っていた


「あ、あの……はじめさん、加護を与えたつもりが私…間違えて着いてきちゃいました!」


絶望した表情も束の間、直ぐに茶目っ気のある顔で笑う。この時俺は確信した……自然と森の女神 ヒスイは物凄くポンコツなのだろう……と。

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