第3話 仇

 私は懲罰室へ入れられた。

 命令無視だから当然だ。


 本来ならもっと重い処罰のところを、また副団長に助けてもらったらしい。


「申し訳ありません」

「あなたの事情は調べて知ってたわ。無茶はこれっきりよ。次はないわ」

「はい」


 私は彼に甘えっぱなしだ。

 もし助けてに来てもらわないと、私は殺されていた。


「本当、あいつ。特別扱いされすぎだぜ。死ねばよかったんだ」


 その日から、私の風当たりは強くなった。

 当然だと思う。

 だから私は必死に訓練をした。

 嫌がらせも増えてきた。


「また傷ね。アノン君。もうやめなさい。あなたの仇は国境の総司令官よ。近づくのはもう無理だと思うわ。その代わり、私が必ず仇を討ってあげる」


 副団長の言葉は嬉しい。

 だけど、私はこれ以上甘えたくなかった。

 いつか戦っていれば、あいつに再び会える。

 その時は、刺し違えても。

 私はあいつを殺すために軍に入隊した。

 それだけのために生きている。


「頑固ね。それなら、私はもうあなたを庇うのはやめるわ。性別は秘密にしてあげる」


 副団長は呆れていた。

 それはそうだろう。

 だけど、私は諦めたくなかった。


 その日から苛めは酷くなった。

 だけど、その分強くなった気がする。

 水を掛けられようと、事故に見せかけて殴られようとも、私の気持ちは変わらない。絶対にあいつを殺す。


「副団長。もうアノンとは付き合っていないのですか?」

「そうよ。わかるでしょ?」


 食堂を通り過ぎると、副団長と分隊長を見かけた。

 楽しそうに話をしている。

 分隊長は副団長よりも背が高くて、がっちりしている。

 私は女だから、あんな風な肉体になることが難しい。大体年がら年中体を隠している。

 副団長に服を破かれて見られた時は、びっくりしたっけ。

 八か月前の出来事なので、最近みたいに思える。

 軍に長くいれば、いるだけ女ということがバレる可能性が高くなる。

 今でも体を見せない私に不信感を抱いているものがいる。

 汚らしい火傷の痕と言っても、国境には荒くれ者が多い。傷を負っているものもいるけど、みんな裸をさらけ出している。

 次、あいつを見たら、私は何がなんでもあいつを殺す。

 もうチャンスはない。

 女だとバレたら、軍法会議にかけられる。

 よければ解雇のみ。

 悪ければ処罰だ。

 どっちにしても私があいつと再び会う可能性はほぼなくなる。


 私はひたすら、自分の体を鍛えた。

 虐めも今の私にとっては自分を高めるための糧になった。

 そうして迎えた二度目の戦い。 

 あいつは再び司令官として現場にいた。

 副団長とは会話も一か月くらいしていない。

 こんな状態だけど、副団長は国境に居続けた。もう私は一人で大丈夫なのに。本部に戻ってくださいと言いたかったけど、副団長と再び話す勇気がなかった。


 副団長の助言を聞かなかった私。

 ずっと助けてくれたのに。

 ごめんなさい。

 それでも、私はあいつを殺したい。

 例え私が死んでも。


 戦いが始まった。

 私はあいつを目指した。

 命令違反だ。

 もう副団長も庇ってくれないし、だめだろう。

 私は今日あいつを殺す。


「アノン君!」


 名を呼ばれた気がする。


 囲まれた。

 必死に防戦する。

 馬鹿だ。

 自分なりに鍛えたつもりだけど、私は副団長などは違う。

 甘く見過ぎていた。

 ここで死ぬ。


「待て!生きたまま、とらえろ!」


 あいつの声がした。

 顔を上げると、あいつが気味悪い顔で笑っていた。


 ☆


「やはり、司令の言った通り、女でした」

「そうか」


 敵陣に連れていかれ、服を脱がされた。

 下卑た笑みを浮かべて、吐き気がした。

 自業自得だ。

 自害でもすべきだったか。

 口は布で封じられていて、手足は縛られた状態。

 舌すら噛むことができない。

 愚かすぎて泣きたくなる。

 でも絶対に泣かない。

 こうなったら、あいつが油断した隙にどうにか殺してやる。


「皆下がれ」

「司令!」

「大丈夫だ。こいつに何ができる。手足を縛っているじゃないか」


 あいつはにやにや笑いながら、私に近づく。

 兵士たちは心配しながらも、天幕から出て行った。


「お前、あの時の女の娘だな。よく似ている。この髪色、その目。薄汚れてしまったなあ。綺麗に後で洗ってやる」


 あいつは私の体を撫でた。

 気持ち悪すぎて、体が震える。


「おお、こんなに震えて。軍では慰め者にでもなっていたか?」


 お前らと違って、我が軍はそんなことはしない!

 そう叫びたかったけど、布が邪魔して話せない。


「布を取ったら煩そうだな。このまま楽しむか。すでに色々仕込まれているだろうが、それもまた一興か」


 男が私の胸に触れる。 

 ぞわぞわと全身の毛が立つ。


「触るな」


 初めて、副団長のそんな声を聞いた。


「死ね」


 あいつの首が掻っ切られ、血が飛び散る。あいつはのたうちまわった後、死んだ。

 私の体に布が巻きつけられる。

 そして荷物のように抱えられた。

 外は火をつけられ、大混乱だった。

 副団長は敵兵の軍服を着ており、髪は短く切られていた。

 いつもの女性らしい副団長はそこにはいなかった。


「お前、それは!」

「司令から命じられて、運ぶ途中です!」

「そうか」


 副団長がそう言うと、詰問してきた相手は納得したようで道を通す。

 火の手がいくつも上がっていて、それどころじゃないようだった。


 天幕から離れると副団長は駆け出し、繋いであった馬に乗った。

 私は彼の前に抱え込まれた。

 口に布を巻かれたままの私は何も話せない。

 だけど、副団長も一言も話そうとしなかった。


 



 

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