第2話 国境でも噂は健在です。

「じゃあ、買い物に付き合って」


 国境に異動になった私たちの部屋は隣り合わせになった。

 新兵と副団長の部屋が隣り合わせなど異常だけど、私は副団長の世話係みたいな立ち位置になったみたいだ。

 初日、私たちは買い物に出かけた。

 国境から少し離れたところに町がある。

 副団長は私よりも美意識が高くて、色々なものを購入する。


「これは何ですか?」

「これはあなたにあげるわ。お揃いよ」

「お揃いですか?」

「嫌なの?」

「嫌じゃないですけど。あの、」

「恋人だったら同じものを持っているのは普通でしょ?」

「そうですね」


 そういう設定なので、持っていた方がいいかと思って、私は有難く頂戴した。銀色の指輪で装飾が細かい。何の花がわからないけど綺麗だった。


「この花はチェリッシュというの。変わらぬ愛という意味があるのよ」

「そんな大層な意味があるもの、やはり私にはふさわしくないと思うのですが」

「いいのよ。恋人同士のアクセサリーにはよくある柄だから」

「そうなんですか」


 それであればいいかと戻しそうになった指輪を再び手に持つ。


「指に付けるのは訓練の時に邪魔になると思うから、普段は鎖を付けて、首からぶら下げておいてね」

「普段からですか?」

「そうよ。なくされると大変だから」

「わかりました。そうします」


 私が敬礼して答えると、副団長は苦笑した。


「すげぇ。なんだよ。あの人」


 副団長は階級は上とは言え、国境軍では新参者だ。

 だから、彼は他の兵士と混じって訓練することを選んだみたいだ。

 それを知って心配したけど、全然大丈夫だった。

 本部にいたころは、本当に副団長が訓練しているところなんて見たことがなかったから、その実力を知らなかった。

 綺麗な顔の副団長を侮っていた兵士たちも彼の様子を見て、考えを改めたみたいだ。私に対してはやっぱりという感じだったが。

 私は普通の女よりは全然体力がある。

 でも男の兵士たちと並ぶと、平均より劣る。

 悔しいが事実なので、せめて足手纏いにならないに自身をさらに鍛えるしかない。


「そんなに頑張っても、疲れるだけよ」


 訓練が終わり一人で走っていると副団長がやってきた。


「私は人一倍しないとだめなんです」

「そう、まあ、無理しないようにね。後、早く部屋に戻りなさい」


 副団長はそう言うと、用事があるようで建物に戻っていく。

 へとへとになるまで走ってから、部屋に戻る。

 みんなとシャワーを浴びるわけにいかないので、体を布で拭くだけだ。


「アルノく、」


 扉を叩く音がして、私が答える前に扉が開いた。


「なにやってるの!」

 

 扉は直ぐに閉められたが、副団長は扉の前にいるみたいだ。

 待たれているみたいなので、着替えを済ませるとすぐに扉を開けた。

 副団長は直ぐに入ってきて、小さい声で注意する。


「着替える時なんかは絶対に鍵を閉めなさい。ここであなたの性別がばれたら、何が起きるかわからないわ」

「わかりました」


 ルームメートがいるときは極力気をつけていたが、少し疲れていて気が抜いていたみたいだ。

 

「本当、心配だわ。私も一緒に来て正解だった」

「すみません」


 副団長にそう言われてしまい、本当に申し訳なかった。

 

「いつか恩を返します」

「ええ。待ってるわ」


 こんな感じで助けてもらいながら、国境軍で二か月過ごす。

 やはり副団長の恋人という噂はこちらにも広がっていて、難癖をつける者はいなかった。

 だけど、一般兵士ではなく、上の隊長などからは嫌われていたと思う。

 当たりが他の兵士より強かった。

 その気持ちもわからなくはない。

 副団長は普段なら本部にいて国境軍に来る立場ではない。なのに、今は国境軍で隊長たちの上の立場で働いている。

 面白いわけがない。


 毎日顔を合わせているが、副団長はちょっと疲れているようにも見える。

 そんな矢先、隣国が攻めて来た。

 いつもの小競り合いで、新兵を出して訓練だ。

 そんな流れで、私は初めて戦場に出た。

 本部にいた時は訓練や、街の警備などで、命の危険性をそこまで感じないことが多かった。

 しかし、ここは違う。


「無理はしないで。まずいと思ったら引いて。わかった?」

「はい」


 副団長にそう返事をして、出兵する。

 剣を構え、隊長の合図で突撃する。

 足が震えた。怒号で耳が痛み、訳がわからなかった。隣国の兵士の制服を見た時、母が殺された状況を思い出す。

 あいつらは母を凌辱しようとしていた。

 背後の我が軍の姿を見て、それを諦め、母を串刺しにした後、逃げ出した。

 あの顔を私は忘れない。


「殺せ、殺せ!」


 あいつはどうやら隊長クラスに昇進したみたいだった。

 あいつの怒号で、兵士が動く。


「おい、馬鹿!」


 隣にいた兵士が私を止めたけど、私は駆け出していた。

 身軽さを生かして、兵士を乗り越え、奴を目指す。


「なんだあ!」


 やっぱりあいつだった。

 酒に酔っているような赤い顔で、目は大きい。

 鼻はニンジンのようだ。


「母の仇だ!」


 私は剣を振りかぶって、あいつへ下す。

 しかし、鈍い音がして、阻まれる。


「馬鹿な兵士もいたもんだ。一人でここまできて、犬死か」


 周りは全部敵兵だった。

 私はただ憎しみだけで動いていて何も他は考えていなかった。


「死にたきゃ死ね!」


 男が剣を横に振るい、反動で私は飛ばされる。

 敵兵の真っただ中に私は落とされた。

 敵兵が飢えた狼のようだった。

 その後ろで奴が笑っていた。


「この野郎!」

「威勢がいいが、死ね!」


 奴の声が合図になってか、敵兵が動く。

 死ぬ。

 私はここで、仇を前にして。

 馬鹿みたいに。


「本当!世話がやけるわ!」


 ぶうんと音がして、敵兵が薙ぎ払われた。


「久々に、槍なんて持ったわ。本当」


 現れたのは副団長だ。

 馬上で槍を振るっている。


「来なさい!」


 その声を聞いて、私はすぐに差し出された手を掴む。

 ぐいっと掴まれて、馬上まで引き上げられた。


「私に捕まって。一旦引くわ」

「はい!」


 もちろん副団長の周りも敵兵だらけだ。

 彼がこちらに来られたのが奇跡だった。

 副団長は馬を走らせながら槍を振るい続け、ようやく私たちは安全圏までたどり着いた。



 


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