かたつむりから始まる不毛な会話

印塚を逃がした翌日の早朝、探偵・凡間凡は「針坊金熊」3袋を片手に、ひとり事務所兼自宅を飛び出した。

彼が向かったのは――


〜〜〜


警察署では、印塚の窃盗事件の捜査本部を設置し、警官たちが忙しなく働いていた。

印塚のことを舐め腐った結果見事に逃げられた禿山葵警部は、署長に呼び出され説教を食らっていた。


「禿山君、だから言ったじゃないか。前回捕まえられたのはまぐれだったんだ」


「すみません・・・」


「犯人のことを舐め、警戒を怠り、挙句の果てには逃げられた。これは警察官としてあるまじき行為だ。よって半年間の減給処分とする。このようなことが続けば、降格も視野に入れて考えさせてもらう」


「・・・わかりました」


禿山が浮かない顔で捜査本部に戻ると、警官たちが、皆揃って頭を抱えていた。


「何かあったのか?」


禿山は近くにいた髙山に事情を訊いた。


「ここまで3時間、周辺の防犯カメラなどを一斉に調べたんだが、情報の一つも落ちないんだ。みんな頑張って調べてはいるんだがな。そろそろ情報源も尽きてくる。このままだと印塚を本当に逃がしてしまう」


「そうか・・・今回はオレがヘマをしてしまった。もうちょっとちゃんと警戒しておけば違ったかもしれない」


「禿山、そう落ち込むな。頭頂部の輝きが消えてるぞ」


「何?(怒)」


「はっはっは。冗談だって。あっ、笑ってる場合じゃなかった。仕事に戻らないと」


当分の間は何も掴めなさそうだ、と禿山は思った。


〜〜〜


モグモグモグ。クッチャクッチャ。ゴックン。


アパレルショップに場違いな咀嚼音が響き渡る。


そう、例によって迷探偵が「針坊金熊」を食べているのである。


「あの〜お客様、店内での飲食はお控えください」


「“飲食”・・・つまり、私は今何かを食べているということだ」


「???????」


店員は明らかに困惑した様子で店の奥へと消えていった。


「さて・・・なんで私はここにいるのだろうか」


迷探偵は疑問に思ったが、いつもツッコんでくれる人たちがおらず、店内にはただ沈黙が張り付いていた。


「・・・はあ、私はどこへ向かったら良いのだろうか」


もうナレーションするのも疲れた。


〜〜〜


「すまないが、道がわからないので教えてほしい」


探偵は近くにいた若者に声をかけた。


「はあ、良いですけど、どこまで行くんですか」


「どこだったっけ」


「????」


「まあいいや、とりあえず案内してくれ」


「いや、だからどこまで・・・」


「忘れたからとりあえず案内を・・・」


「・・・・・」


「・・・・・」


無駄な沈黙が流れた後、若者は探偵に困惑の目を向けて立ち去ってしまった。


「私は道を聞いただけなのになあ・・・」


ナレーションするのもうやめようかな。


〜〜〜


探偵はなぜか目的地であるオンボロアパートに到着した。迷探偵にしてはやるなあ。


「で、なんでここに来たんだっけ」


違った。やっぱりいつも通りである。


探偵は202号室のインターホンを押した。すると、中から美形の男が顔を出した。


「はい、どちら様・・・ってお前、まさか、探偵・・・!」


「失礼する」


「とんでもねえ。なんで俺の居場所がわかった」


服装と化粧は違うが、美形の男――印塚虎之介は、ひどく焦っていた。


そんな印塚の様子もお構い無しに、探偵は口を開いた。


「今日は、お前に頼みがあって来た」


「頼み?出頭しろとかじゃねえだろうな」


「もちろん。ていうか出頭とはなんだ?頭を出すのかな」


「は?」


「頭を出して何をするんだ。かたつむりごっこか?」


「・・・・・・」


「そういえばかたつむりといえば、この間風呂場に3匹ぐらいいて・・・」


「・・・・・・」


「あと、この前風呂場に黒い影を見つけて見てみたら3匹のかたつむりだった」


「かたつむりの話はしてない」


「かたつむりの話はしていない・・・つまり、今私たちは話をしているということだ」


「うん、そうだけど!」


「つまりわたしたちは会話をしているということで」


「ストーップ!話が逸れてる」


「なるほど。つまりわたしたちは話をしているということなのだな」


「はあ・・・お前はこんな話をしに来たんじゃないだろ」


「来た、ということは私が移動したのだな」


「一生話が進まねえ!」


「そういえば」


「なんだよ、またかたつむりの話か?」


「お前に、うちの事務所に来てほしいんだ」












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