終焉のコードゲーム

@yuki72938

プロローグ

西暦2047年1月18日


「悠紀!!!」

父さんの叫び声が聞こえてくる。


「父さん⋯やめてくれ!何をしようとしているんだ!」  


14歳になったばかりの俺は、縄で椅子に縛られた状態で、監禁されていた。

窓の外は真っ暗だったが、微かに見える木々には雪が積もっていた。


長野県の山奥にあるこの部屋から叫んでも、誰も気がつくことはないだろう。


「説明しろ!何してるんだ!」


「今説明しても意味がないんだ。

どうせ忘れてしまうからな、全てを」


「意味がわかんねえ⋯⋯」


そして、父さんは充血した目で俺を見下ろしながら、信念と怒りが混ざり合った口調で叫んだ。


「悠紀!お前が人類の鍵なんだ!」


そして、父さんは後ろを振り返り、机に置いてあった注射器を淡々と手に取り、注射針を俺の頭に当てた。


「やめてくれえええ!!!」

と俺が叫んだと同時に、鋭い痛みと共に、謎の液体が頭の中に入ってくるのがわかった。


全身が焼けるように熱くなり、すべての血管が生き物のように激しく流動するような感覚に襲われ、次第に視界がぼやけ始めた。


激しく揺れる視界の中で、父さんは胸ポケットからナイフを取り出し、刃を腕に当てた。


「3年後、世界は書き換えられる。そのときに再び地下室を目指せ。そこには新しい世界がある」 


そして、父さんはナイフを引いた。


血飛沫が勢いよく飛び散り、俺の顔と服にかかった。視界が赤く染まる中、俺はゆっくりと意識を失った。


次に意識を取り戻したのは、聞き慣れた声が耳に届いたときだった。

「悠紀⋯!悠紀⋯!」

と俺の名前が頭の中で小さく反響し、重い瞼をゆっくりと持ち上げた。


そこには夏目えりながいた。

猫のようにフワッとした少しカールのかかった黒髪は肩くらいまで伸びており、透き通るような白い肌、そして大きな瞳が特徴的であった。


「えりな⋯どうしてここに⋯」


と絞り出すように、かすれるような声を出したが、意識を失う前の記憶が瞬時に蘇ってきて、抑えきれないほどの吐き気に襲われた。


「うっ⋯⋯!!!」  


と吐きそうになったが、えりなが俺の肩を支えてくれたので、吐く寸前で止めることができた。

そして、恐怖から解放された安堵により、瞳から一雫の涙がこぼれた。


「父さんが⋯死んだ⋯俺の目の前で⋯」


と俯きながら呟くと、えりなは椅子に縛られている俺の目線に合わせるように、しゃがみ込んだ。


「悠紀⋯大丈夫⋯?」


「ああ⋯大丈夫だ⋯⋯」 


とえりなの目を言ったが、俺はすぐに視線を横にずらした。


「いや⋯⋯大丈夫じゃねえかも⋯⋯」

 

そんな俺のことをえりなはただじっと見つめていた。次に俺の中に浮かんできたのは、怒りだった。

唇を強く噛み、唇からは鮮血が流れた。


「くそ!くそ!くそ!!!!」


と椅子に座りながら、大声を上げ、足で何度も床を踏みつけた。その度にドンドンという音が部屋に響き渡った。


えりなは手を震わせていたが、それでも俺から目を外さなかった。


「何が天才教授だ!!!結局死ぬんならただの負け組じゃねえか!!俺から遊びを奪って、ずっと勉強だけさせてきたくせに!!!!最後は自分だけ死んで逃げるのかよ!!卑怯者!!!」


と絶叫した。

えりなはそれでも俺と目線の高さに合わせるようにしゃがみ込んでいるポーズを維持している。


そして、数秒の沈黙の後、不気味な笑みを浮かべながら、乾いたような声で独り言のように言った。


「⋯⋯はは⋯⋯

この世界はクソみたいだな⋯⋯」


「なあ、えりな。お前もそう思うんだろ?」


えりなの震える唇から、そっと声が漏れる。

 

「⋯⋯悠紀、聞いて⋯⋯」


「なんだよ。俺のこと可哀想な奴って思ってんのか?」


「ううん」とえりなは首を振った。


俺はえりなを見て鼻で笑った。


「嘘つくな。

俺はお前のそういうところが――」


「聞いて!!!」

えりなは遮るように大きな声を出した。

そして、無理をするかのように笑顔をつくった。


「私だけは悠紀の味方だよ」


そう言ったと同時に、椅子に縛られている俺に抱きついてきた。

えりなの顔が俺の胸に強く押し付けられ、真っ白なコートには赤い血が広がっていた。


えりなはゆっくりと顔をあげると、頬にも血が滲んでいた。


「⋯⋯えりな、どうして⋯⋯」

と俺の顔から涙が溢れた。


えりなは視線を横に逸らしながらそっと呟いた。

「⋯⋯だって、あのとき⋯⋯」


12歳の俺らを見守っているのはランプの中の赤い炎だけだった。そのランプが微かに揺れ、えりなの髪を淡く照らしていた。


再びえりなが顔を上げ、俺のことを見上げるように見つめてきた。長いまつ毛がはっきりと見えた。


「星を見せてくれたから」


「はあ⋯!?この状況で⋯それ言うかな⋯⋯

はは⋯それに何年前の話だよ⋯⋯」

と俺は泣きながらも少しだけ笑みが溢れた。


「忘れない⋯何百年経っても⋯」

えりなの声は震えていた。

二人の間に沈黙が流れ、窓の外を眺めると、雲は流れ去り、満天の星空が輝いていた。


「はは⋯⋯俺⋯⋯なんで泣いてるんだろうな⋯

なっさけねえ⋯⋯」

と言った。


「今くらい泣いてもいいんだよ」


「泣かねえよ。てか泣いてねえよ」

と横目で言った。


「ねえ⋯悠紀⋯」


「なんだよ」


「聞いて」


「何を」


「また星を見ようね。

誰もいない世界で、たった二人だけの世界で」


えりなは涙で溢れる顔を、不器用に、それでも力強く微笑ませた。その顔には、切なさなんて言葉では表せないくらいの、溢れんばかりの祈りが宿っていた。


「約束するよ」


さっきまで雲に閉ざされていた真っ暗な夜空は、

いつの間にか澄み渡り、満天の星が煌めいていた。

それはまるで少女を祝福するかのように。

何光年という距離を越えて、何億年という時をかけて届いた、哀れな星の光たちが。

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