風の香り

弥生 菜未

碧空から生まれる

 とある休日の昼下がり。部屋に充満する鬱憤とした空気を晴らすべく、私は指にグッと力を込めて、勢いよく窓を開けた。

 ガラス一枚隔てた外界には、碧空が広がっていた。その青は遥か遠方からの長旅の末、やってくる。旅を経て、青は自身が青とも知らぬままに透いていき、やがて透明な風となってカーテンを揺らす。




 風は幾千幾万もの香りを運ぶ。

 木々の甘い香りも、雨の冷たさを孕んだ香りも、その土地の懐かしい香りも。旅する風のなくしては、香りはそこに留まるばかりだ。


 時には異臭とも言える刺激臭が、鼻を突くかもしれない。

 しかし、それら「臭い」の諸悪の根源は風ではない。


 風は「臭い」や「匂い」を運ぶが、同音が故に、鼻腔をくすぐる良い香りが「臭い」と誤変換されてはたまったものではない。

 だから私は、風の「香り」と呼びたい。

 ――――――たとえ詩的と揶揄されようとも。




 風を全身に浴びて、私はペンを握り直す。

 鬱憤とした空気はもうそこにはない。ただ静かで爽やかな風が、私の背中をそっと支える。入れ替わり立ち替わり部屋を訪れては、それらは私の味方となる。


 ふと思った。


 試験前の鬱々とした気持ちを攫っていったあの風は、今も遥か遠くで、誰かを癒やしているのかもしれない。

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風の香り 弥生 菜未 @3356280

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