試し合い2

石畳の上で、俺と白銀の剣士が向かい合う。

観客席はかなり離れているうえに、兵が壁になっているので、遠慮なく飛び道具もぶっ放せる。俺としては、もっと近くで観てもらったほうが嬉しいのだが。


俺は剣を軽く握り直しながら、深呼吸をひとつ。

そして、改めて自分に起きた“異変”を確認する。


魔法を放てる不思議な力――魔力と呼ぶらしい。

王都に来るまでの道中でだいぶ慣れた。単に弾丸を飛ばすだけじゃない。速度を増したり、逆に減速させたりもできる。単純に込める魔力量で制御が利くのだ。


そしてもう一つ。意識して目を凝らせば、魔力が

青白い煙のような、霞のようなものが俺の周りに揺らめいている。

白銀さんにも、同じものが確かに漲っている。炎を孕んだ炉のように脈打ち溢れ出す。

この男もおそらく、これで肉体を強化して戦うのだろう。


視線を胸元に落とす。白く光を弾く胸甲――俺の知識で言えば、これはピストルを持つ近世の騎兵の装備だ。

ピストルを持っているようには見えないが、この世界には魔法がある。そして奴には魔力が充分にある。

火球だろうが雷だろうが、何かは飛んでくると考えておくべきだ。


まあ、構える前から決めていたことに変更はない。

飛び道具は来る。俺も飛び道具を使う。


さらに低く姿勢を落とし、深く息を吐く。

意識を敵に集中させ――詠唱を口にする。


向こうは動かない。

それなりに予想通り。余裕からの様子見だ。

上等。ならば、こちらもブラフで応じるまでだ。


俺の掌から、赤黒い火球が弾ける。

石畳を照らしながら飛んでいく。


だが、簡単に躱された。

一歩踏み出すだけで火球の軌道を外れ、表情も変えずに元の構えに戻ろうとする。


(……やっぱり、か)


あの時、ノアも火球を簡単に躱していた。俺にもできた。

要するに、火球はタイマンには向かない。

歩兵の隊列を崩したりするにはとても向いているだろうが。


――でも、それは最初から想定済みだ。


火球を放つと同時に、俺は走り出していた。

相手が回避行動を取る、その一瞬で距離を詰めるために。


右腕の剣を振り被りながら、回避した先に飛び込むように走り込みつつ、もう一度左掌に魔力を凝縮。ただし、今度は詠唱しない。


――ぼんっ、と乾いた音と共に、至近距離で火球が弾けた。


最初の詠唱ブラフが効いた。直撃だ。

しかし、その瞬間、魔力を全身に分厚く纏い、火炎を弾くのが見えた。


(魔力バリアでガード?!そんなこと出来るのかよ!!)


白銀さんの口元が、初めて僅かに歪む。驚きか、それとも僅かばかりの苦痛か。


「……やるな」


息を荒げ、間合いを一気に詰めてくる。

俺も剣を握り直す。迎撃――するふりをして、剣を投げつける。

鈍い音が鳴り、あっさりと弾かれた。狙い通り。


投擲を行った右腕は、その勢いのままに突き出す。

投げた剣に隠れるように、人差し指をまっすぐに差す。

連射。空気を裂く音が重なり、弾丸が一直線に飛ぶ。


奴は大きくは避けない。弾丸の半数近くを受ける。

胸甲に当たれば火花を散らし、肩や腕に当たれば布を裂き血を滲ませる。

鎧の隙間に食い込んでいる。脚が鈍る。だが、それでも止まらない。

肉体強化に魔力を割き、痛みを意にも介さず突進してくる。


(お前は未来から来た殺人サイボーグか!)


後退しながらさらに連射。

同時に、もう一つの術式を組み上げる。

右手は弾丸を、左手は火球を――並行処理。頭の中で同時に二種類の術式を展開するのは初めてだった。


額に汗がにじむ。

だが、構築は成功した。


(避けないなら、これも当たるだろ!)


白銀の巨体が目前に迫る。

今度は真正面から火球を叩きつける。


火柱が爆ぜ、白銀の巨体を飲み込んだ。

炎に包まれた影が、一瞬だけ視界から消える。

相手の視界も奪えたはずだ。


その隙に横へ飛び、石畳を蹴って大きく距離を取る。

開始地点である訓練場中央からは少し離れた。


振り返る。炎の中から、煤けた白銀の男が歩み出てきた。

胸甲の表面は煤け、下に着込んでいた服の袖はぼろぼろだ。

それでも、その眼光は揺らがない。


彼は口の端を吊り上げ、親指で自分を差した。


「……バハム」


名乗ったのだろう。声は低く、誇り高い響きを帯びている。


「家名は、ない」


なるほど。意外に身分が低い出なのだろうか。もしかして苦労人?


「王の、剣だ」


続けざまに言うと、戦闘中だというのに観客席へ向き直って、剣を顔の前に掲げてみせる。

あらためて忠誠を示す的なジェスチャー?

名乗ったのは、俺のことを認めてくれたのだろうか?


(そうなんだろうけど、これは拙いやつだ。ここから本気になるぞ的なアレだ……)


低く唸るような声が訓練場に響いた。


(詠唱!――やはり飛び道具があるか。詠唱が終わる前に距離を詰めるのがセオリーかもしれないが……)


やはり剣術や近接戦闘では分が悪いだろうな。飛び道具の撃ち合いで勝てるかは知らないが、活路は遠距離からだ。

いや、そもそも飛び道具と決めつけるのは早計だ。やはり近付きたくはない。


まずは弾丸で妨害。距離があるので殆ど躱される。詠唱は止まらない。

俺は撃ちながら、さらに大げさなほど距離を取る。開始地点がまた遠ざかる。


(この詠唱、火球の魔法に似ているな)


掌の前に、赤黒い塊が渦を巻く。やはり火球。だが、さっき俺が撃ったそれの三倍はある。

射出。まるで岩塊のような質量感で迫ってくる。


――ただ、遅い。


そう思った矢先、バハムはもう次の詠唱に入っていた。そして走りながらの詠唱だ。


火球はサイドステップで簡単に避けることが出来た。

爆炎が背中を焼くように吹き抜ける。


「ちっ……」


詠唱を続けながらバハムが迫る。視界の端で火球が弾けた。

今度は小さく――そして速い。


火球が矢のように飛び、避ける暇もなく俺に直撃した。

視界が一瞬真っ赤に染まり、衝撃で息が詰まる。


熱と衝撃は、確かに受けた。だが肉が焼ける痛みは来ない。

とっさに全身に魔力を厚く纏うことで、どうにかそれを弾いたのだ。


(……張れた。あいつより厚く)


しかし、視界が奪われ動きが鈍る。さっきの逆をやられた。

火球を回避させ、もう一発の火球を叩き込む。

視界を奪い動きを鈍らす。

どちらも俺がやったことをそのままやられた。


つまり――バハムの接近を許してしまった。

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