第2章【魅せられた村】

第6話 旅路の会話

 目的地であるイルムの村までは、歩いて三日ほど。旅慣れていないサチのことを考えれば、四日はみておいた方がいいかもしれない。

 当初は乗合馬車での移動も考えていた。しかし、町の人々の感情を鑑みて、選択肢から外さざるを得なかった。

 

 幸いにもほとんどの道のりは、整備された街道を通ることができる。人や馬車、キューブライトの車などが多く通るため、野道を行くよりははるかに安全だ。

 街道から外れた後は、歩いて半日ほど。身重の妻を連れた夫婦でも行ける程度の距離だ。


「疲れてないか?」


 レイズは隣を歩くサチを見下ろした。強めの日差しを防ぐため外套を頭に被っており、表情は見えない。

 大きな荷物を背負い、ただひたすら歩いて二日と少し。外の景色や野宿に新鮮味を感じはしゃいでいたサチも、そろそろ飽きてくる頃だろう。


「平気だよー」

「そうか」


 サチはレイズの呼びかけに、外套のすき間から視線を上に向ける。唇の間から見せる白い歯は、疲れに陰るどころか、普段以上の活発さをあふれ出させていた。


 爽やかな風が吹き、街道の両側に茂る草木を揺らす。昼間は多少暑くなるが、夜に冷えすぎることはない。旅をするには悪くない季節だ。しかし、その理由は良いとは到底言えないものではある。


「あっ!」

「あん?」

「もしかして、とーさん寂しかった? ごめんね。シスと相談してたんだよ」

「いや、寂しくはないが」

「えー、寂しがってよ」


 なかなかの無理難題だ。レイズは、彼女がこんな他愛のない会話を楽しんでいることを知っていた。

 四年間を過ごした町を出てから、サチは途切れることなくレイズに話しかけてきた。歩いている時も、簡素な食事の時も、外套にくるまり寄り添って眠った夜も。

 レイズにとって、それは幸福と呼んでいいことだった。旅の目的とは違ってしまうが、かけがえのない時間を過ごしていると自覚できる。


 叶うならば、こんな生活をずっと続けたかった。しかし、運命とやらは、レイズとサチを放っておいてはくれない。


「思ったより疲れてないんだよね。こんなに歩いているのに」

「無理はすんなよ」

「うん、大丈夫。たぶん、私のこーゆーやつだから」


 サチは軽く腕を曲げて見せた。レイズのように盛り上がった筋肉はなくとも、それ以上の力を持つ腕だ。単純な筋力だけでなく、持久力も人間離れしているのかもしれない。

 サチの身には人ならざるモノが同居している。それは彼女の命を救うと同時に、人を超えた力を与えてしまった。だからといって、レイズにとっては守るべき娘であることには変わりがない。

 血は繋がっていなくとも、サチはそういう存在なのだ。

 

「そうか。それでも、違和感があったら言えよ」

「心配しすぎー」

「するだろう」

「まぁいいけどー」


 サチは青い瞳を細めて笑った。その頬に細い金髪がかかる。髪紐がほどけてきたようだ。


「おっと」

「ほれ、荷物よこせ」

「うん」


 サチはレイズに手荷物を渡し、後頭部で髪を括る。


「それでね、シスと話してたんだけど。あの子、まだとーさんに言ってないことがあるんだって」

「ほう」

「言ってないというか、言うタイミングを探してたって。本当はこの前替わった時に言うつもりだったんだけど、ドタバタしちゃったからね」

「そうだな」

「そうそう、んでここまでは、私がとーさんと喋ってたし」


 サチは言外に『シスが隠し事をしていたわけじゃない』と言っていた。レイズはあえて指摘せずに、頷いた。


「というわけで、替わるね」

「おう」


 外套で頭を覆ったサチは立ち止まり、軽く瞼を閉じた。ふた呼吸ほど時間を置き、歩き出す。


「では、話そうか」

「ああ」


 少しだけ歩幅を広げ、レイズは先を行く後ろ姿に追いついた。


「まずは我の状況から詳しく伝えよう。依頼を受けてくれたら伝えるつもりだったからな」

「ああ。結果的に依頼を受けることになったもんな」

「うん」

「……おい」


 レイズは少女の頭を覆う外套をめくり上げた。まん丸になった青い瞳がレイズを見上げた。


「あ、バレた?」

「声色はいいが、口調がな」

「残念、騙せると思ったのにー」


 サチは目だけは笑いつつ、唇を尖らせる。年相応というよりは、やや幼く感じる仕草だ。


「俺を誰だと思ってる」

「とーさん」

「そういうことだ」


 レイズは金髪の頭を軽く撫でる。サチの顔全体を覆い隠す程に、彼の掌は大きい。過去には、生まれ持った自身の体格を呪ったこともあった。しかし今は、この大きさでよかったと思っている。

 まともな人間では、この場所には立てないからだ。


「そんじゃ、本当に代わるね」

「ああ」


 サチが再び瞼を閉じる。


「今度は本物だ」

「そうかい。シスも冗談を言えるようになって、俺は嬉しいよ」

「ふ……心にもないことを言ってくれる」


 赤い瞳の少女は、にやりと笑った。

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