ウィンターフェチ編

第45話 兎佐田桃香はクリスマスを恋人たちと過ごすのである。

 あなたは、クリスマスは誰と過ごすだろうか。

 私、兎佐田桃香は――。


 イベント盛りだくさんの秋も過ぎ、気付けば空気は冬の寒さへと移行。

 後期の定期試験も終わり、十二月二十四日に終業式を済ませ、冬休みが始まった。

 家に帰り、制服から私服へ着替える。

 前日までに必要なものを用意しておいたキャリーケースを手に、私は玄関へ。

 靴を履いてから振り返り、お父さんとお母さんに言う。

「それじゃ……行ってきます!」

「ああ、楽しんで行けよ」

「恋人さんたちにもよろしくね」

 両親に見送られ、私は出発した。


 冬休み開始と同時に、二泊三日のうさフェチクリスマス旅行!

 私、兎佐田桃香は――クリスマスを恋人たちと過ごすのである!


 私たちは夏休みに引き続き、冬休みも旅行へ行く計画を立てていた。

 行先は璧津宵の町から離れた内陸地域、璧矢羽目へきやばめという町にある、「璧矢羽目スキーリゾートホテル」。

 カラカルグループの運営する宿泊施設のひとつだが、今回は夏休みの別荘と違い普通に運営してるホテルのため貸し切りなどではない。

 なお薫衣が「流石に冬休みシーズンだったので貸し切りは難しかったのですが」と言っていたが……流石に私たちもこの時期のスキーリゾートを貸し切りにして欲しいとは言わない。

 タイミング的にホテルにも他のお客さんにもだいぶ迷惑すぎる……既に予約もたくさん入ってるだろうし……。


 璧矢羽目スキーリゾートホテルは、その名の通りホテルからスキー場へと道が直結しているホテル。

 そのためホテルからすぐスキーが楽しめるのが最大の特徴だ。

 雪は璧矢羽目の土地に降る天然の雪。

 今年も璧矢羽目は少し前の時期から十分な雪が積もっており、私たちは明日の午前中にインストラクターさんと一緒にスキーを楽しむ予定。

 また、スキーが苦手な人も楽しめるように、雪合戦などで自由に遊べる雪の公園エリアや、プロが作った雪像や氷像を見物して楽しめる屋外アートエリアが存在する。

 そして大浴場や客室の浴室には、なんと地元で湧いた温泉が引かれている!

 クリスマス感はないが、日本人としてこれは魅力的な話と言える。


 電車と専用バスを乗り継ぎ、ホテルへと到着。

 そして案内されたのが――このホテルの最上階にあるロイヤルスイートルーム。

 いつもの薫衣専用のスイートルームに負けず劣らず……家じゃん……ほぼほぼ滅茶苦茶豪華な家じゃん……もしくは大手大企業のオシャレなオフィスっぽくも見えるな……。

 私の知ってる「ホテルの部屋」の概念を軽く飛び越えて行く……。

「あれー?」

 遠慮なく部屋の中を探検するばにらが、奥の方で声を上げる。

「唐狩さーん、このお部屋ベッド二つしかないよー?」

「ええ、流石に今回はお部屋に追加のベッドを四つも置く要望は通らなかったので……」

 薫衣が、付き添っていたホテルのスタッフさんである女の人に目配せをすると、そのスタッフさんは胸ポケットから、ホテルのルームキーを六本取り出した。

「下の階の通常のスイートルームを六部屋確保しましたので、集まって楽しむ時はこのロイヤルスイートルームに、夜になってお休みする際は通常のスイートルームにおひとりずつご宿泊をお願いします」

 ……。

 え……ロイヤルスイート一部屋プラス全員分のスイートルームを予約した……って事……?

「……お金、大丈夫?」

 リコが思わず聞いたが、薫衣のキョトンとした顔を見る限り、本人にとっては大したことのないレベルの出費なのだろう……。


 放課後から移動したということもあり、既に辺りは暗くなっていた。

 ナイタースキーをできるほどの技術は誰も持っていないため、今日はひとまず荷物を各部屋に置き、ホテルのディナーを楽しむことに。

 今日のディナーは、先程のロイヤルスイートルームに食事が運ばれて来る形式。

 うん……案の定、よくわからないとんでもない料理が次々に出て来た……。

 フルコースの前菜からサラダまで、もう、何の……何? 説明はされたけど大体知らない謎の用語……。

 最後のデザートが小さいケーキっていうのは伝わった……。

 いや、全部美味しかったんだけどね……。


 デザートを食べ終え、最後に食後のコーヒーを口にする。

 このコーヒーもすごく美味しい……コーヒーにそんな詳しいわけじゃないけど……流石にインスタントとは何かが違うなというくらいはわかる……。

 それにしても、緊張と謎と美味しいという実感に満ちたディナーだった……。

 満腹感と緊張から解き放たれた安堵で、私は「ふー……」と深いため息をつく。

「すげー料理だったなァ――……何使われてんのかよくわかんねー料理もあったけどよォ――……」

 蜜羽も私とだいたい同じ反応。

 緊張で、以前のような場酔いもしなかったようだ。

「お腹がこなれたら、お風呂にいたしましょうか」

 薫衣がそう言うと、コーヒーを飲み干したばにらが「あー」と声を上げる。

「さっき部屋探検した時見たんだけどー、ここのお風呂すごいよー?」


 しばらくして、実際に浴室の部屋まで向かうと……。

「ろ……露天風呂!?」

 ――の、ように見える!

 床や湯舟は当然石材、開放感あふれる滅茶苦茶デカい窓、窓際に植え込み風の人工観葉植物!

 そんでもってやっぱり浴室全体がデカい!

 というか「風呂関係」に該当する空間が広い!

 浴室はもちろん、サウナ、脱衣所も当然ながら広く、脱衣所の横に「入浴後ゆったり休憩する専用のスペース」すらあってそこも十分広い!

 温泉引いてるのが特徴のホテルとはいえこれ……もうここだけでスーパー銭湯の経営できる勢いではないだろうか……。

「圧倒されるねぇ……」

 桃黄子が浴室の天井を見上げながら言う。

 天井も……高いな。

 天井付近の結露とかどうやって掃除するんだろう……。


 温泉に浸かる前に髪と体を洗う。

 髪は夏休みの別荘の時と同じくばにらが洗ってくれた……というかやはり耳フェチを満たすべく自分から洗いに来た。

 そしてあの時と違い……薫衣が足を洗いに来たッ!

 今現在私、高級ホテルのロイヤルスイートルームのバカでかい浴室で、金髪ギャルに髪を洗わせお嬢様に足を洗わせているッ!

 知らん人が見たら絶対に私がとんでもない女に見える構図ッ!

 うさフェチメンバー以外誰もいないロイヤルスイートの浴室でよかったッ!

「ももちの耳~♡」

「桃香さんの足……♡」

 上から下からフェチ満たしてる声が聞こえる……。


 せっかくなので温泉だけでなくサウナも堪能。

 一緒にリコもついて来た。

 サウナに使われている木材は、香り的におそらくヒノキ。

 うむ……もう本当にクリスマス感よりも日本の冬感がすごいが……このヒノキの香りと丁度いい温度は、そんなこと気にならないぐらい心地の良いサウナ空間を作り出している……。

「ヒノキの匂い、いいよね……」

 一緒にサウナに入っていたリコが、私の隣で呟く。

「もちろんサウナで汗かいてる桃香の匂いもいいよ♡」

「……ありがとうございます」

 私のお礼の言葉に、リコは意外そうな顔をする。

「え~? どしたの~? いつもなら『変な事言わないでください』とか言いそうなノリだったのに~?」

「まあ……恋人なわけですし……もうちょっと許容範囲広くしてもいいかなと……」

「わ~♡ 嬉し♡ じゃあさ、このままちょっと匂いフェチ満たさせて貰ってもいい?♡」

「ど、どうぞ……」

 私が了承すると、リコは私の肩に手を添え、私の頭の匂いを嗅ぐ。

「あー……いやでもサウナの中でしっかり嗅ぐと鼻に熱気入って来て匂いどころじゃないわ」

「やっぱサウナでの匂いフェチ満たしはやめときましょう! 危険です!」


 サウナから出て、水風呂は苦手なので温水のシャワーで汗を流しつつ、少しずつシャワーの温度を下げてぬるめのお湯で体温調整。

 その様子を……じっと蜜羽が見ていた。

「……どうかしましたか?」

「……違う」

「はい?」

「サウナは違う気がする……ッ! サウナは大人が楽しむイメージがあるから……ッ! 桃香さんみたいな低身長女子はこう……サウナでリラックスするような大人な感じじゃなくて……温泉ではしゃいで泳いじゃうようなそういう感じが欲しい……ッ!」

「フェチ満たされないパターン!? あるんですねそんなパターンも!? あと流石に高校生だから温泉で泳ぎはしませんよ!?」

「わかってるけどッ……わかってるけどよォ――ッ!」

「大きい声もやめましょうね浴室に響いちゃいますからね」


 温泉に浸かった所で桃黄子が接近。

「シャンプーとかボディーソープとか、洗い場に用意されてたの使わせて貰ったけどさー、これいい匂いするよねー」

「あー、わかります。リコじゃないですけどこの匂いは好きです」

「へへへー、ね、嗅いで嗅いで♡」

 そう言って、桃黄子が私に背を向け、うなじの辺りを見せて来る。

 ああ……匂われフェチの時間か。

「まったくもう……すんすん……」

 桃黄子の肩に手を置き、うなじの辺りに鼻を近づけ、嗅ぐ。

「あ~♡ やっぱ桃香に嗅がれるの好き♡」

「……息もいりますか?」

「お願いしまーす♡」

 嗅いでいたうなじの辺りへ、ふーっ、と息を吹きかける。

「ふぁぁぁ……♡」

 悶える桃黄子……萌えるんだよなぁ……。

 なんだろう……やっぱり自分の息で悶えさせてるから……私自身が相手を喜ばせてる感強いのかな……。


 入浴後、移動疲れに加えて食事と暖かいお風呂で、私たちは丁度良い眠気が漂っていた。

 少々勿体ないものの、明日に響くとよくないため、私たちはそれぞれの部屋でゆっくり休むことにした。


 明日は十二月二十五日。

 クリスマスの日。

 私は、持ってきたものを忘れてないか、念のためキャリーケースを開けて確認してから、床に就いた。

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