第3話 崩れていく日常

大学を卒業して、俺はなんとか小さな会社に就職した。

 スーツを着て、満員電車に揺られる。

 大人の仲間入りをしたようで、最初は少し誇らしかった。


 だが、その感覚は一週間も持たなかった。



仕事の現実


 上司の指示をメモしても、後から読み返すと字が乱れていて理解できない。

 ファイルの提出期限を間違え、メールの添付を忘れ、会議では頭が真っ白になる。


 「何度言わせるんだ」

 「普通にやれば出来ることだろ」


 冷たい視線。吐き捨てられる言葉。

 大学の頃と何も変わっていなかった。

 ――いや、給料をもらっている分だけ、もっと重く、苦しかった。



雪菜との距離


 ある夜、残業で遅くなり、約束していたデートをすっぽかした。

 慌てて電話をかけると、雪菜の声は冷たかった。


 「また? もういいよ。創真はいつもそうだよね」


 「ごめん、次は必ず……」

 言葉を遮るように、雪菜はため息をついた。


 「私ね、もう限界なの。支えてるつもりだったけど、気づいたら私ばっかり我慢してた。

  創真と一緒にいると、私まで駄目になりそう」


 電話の向こうで、雪菜が泣いている気配がした。

 次の瞬間、通話は途切れた。


 「...ピー...ピー...ピー...」



崩壊


 布団に倒れ込んだ。

 天井を見つめながら、頭の中で雪菜の言葉が何度も反響する。

 「普通に出来ない」

 「疲れた」

 「もう限界」


 胸の奥が、音を立てて崩れていった。

 気づけば涙が頬を伝っていた。


 ――俺は、やっぱり必要とされない人間なのか。

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