異世界魔法ランド

スター☆にゅう・いっち

第1話

 小学生の姉・あさひと弟・ときは、休日を利用して新しくできたテーマパーク「異世界魔法ランド」にやって来た。開園したばかりとあって、入口からして人の波でごった返している。高い尖塔のある門をくぐれば、そこは中世ヨーロッパ風の街並み。石畳の通路には露店が並び、串焼きや飴細工の甘い香りが漂っていた。


 園内を歩けば、着ぐるみのゴブリンやオークが手を振ってくる。子供たちは大喜びで写真を撮り、観覧車の下では鎧を着た騎士が剣を掲げてポーズをとっていた。


「すごい! 本物みたいだね!」

 ときが目を輝かせて叫んだ。


「ほんと。あのドラゴン、煙まで吐いてる……」

 あさひも、思わず息をのむ。見上げれば、空にそびえるドラゴンの巨大なオブジェが、定期的に口から白煙を吹き出していた。


 楽しい空気に包まれながらも、あさひの胸の奥にはひとつの影があった。開園以来、園内で子供が行方不明になる事件が続いている。園は大きく公表していなかったが、地元新聞の片隅に小さく載っていたのを、彼女は偶然目にしていたのだ。


「とき、気をつけてね。遊びすぎて迷子にならないでよ」

「わかってるってば。僕、もう小学生だし!」


 弟は元気よく笑ってみせたが、あさひはなんとなく不安を拭えなかった。


 やがて二人は観覧車に乗った。頂上に近づくにつれ、園内が一望できる。城のようなアトラクション、迷宮風のお化け屋敷、光り輝く魔法の噴水――夢のような景色が広がっていた。ときは身を乗り出すようにして眺め、あさひは弟の手をぎゅっと握った。


 観覧車を降りたとき、ちょうど「魔法使いのパレード」が始まっていた。大通りを魔法使いや魔女たちが行進し、杖を振るたびに小さな花火や光の玉が弾ける。人混みは熱気にあふれ、拍手と歓声が響き渡った。


 その瞬間――ときの姿が消えていた。


「……え? とき?」

 あさひは一瞬、耳を疑った。すぐそばにいたはずの弟の小さな背中が見えない。必死に人波をかき分けながら呼び続けた。


 お化け屋敷、魔法ショー、ドラゴンコースター。弟が興味を示していた場所を片っ端から探す。だがどこにもいない。胸の奥で不安が膨れ上がり、涙がにじんだ。


 そんなとき、長いコートを羽織った一人の男が声をかけてきた。

「君、弟を探してるね」


「えっ……どうして知ってるんですか」


 男は鋭い目をして名乗った。

「俺は警視庁異世界担当特務刑事だ。潜入捜査中なんだ」


 あさひは耳を疑った。刑事? 異世界担当?


「信じがたいかもしれないが、この園では“本物”のモンスターが人間に紛れている。着ぐるみのふりをして子供を異世界に連れ去っている疑いがある」


 あさひの心臓は凍りついた。新聞の小さな記事が、現実に結びついた瞬間だった。


 刑事に案内され、あさひはお化け屋敷の裏口へ回り込んだ。非常口を抜けると、そこには暗い地下への階段が隠されていた。


 薄暗い通路は迷路のように入り組み、壁には不気味な紋章が刻まれている。鎖をぶら下げたゴブリンが、うろつきながら奇妙な言葉をつぶやいていた。


「こっちだ!」刑事が叫び、拳銃を構えて進む。


 奥の扉を開け放つと、そこには弟の姿があった。大きな魔法陣の上に立たされ、複数の魔法使いに囲まれている。中央には一頭のユニコーンがいて、ときを背に乗せようとしていた。


「お姉ちゃん!」

 ときの叫び声に、あさひは駆け寄った。必死で弟の手をつかみ、二度と離すまいと力いっぱい握りしめた。


 刑事が魔法陣を踏み潰した瞬間、光の紋章が崩れ、魔法使いたちとユニコーンの姿は煙のようにかき消えた。残されたのは、呆然とする子供たちと、重い沈黙だけだった。


 その後、事件は大きく報道された。異世界魔法ランドは閉園となり、正体不明の「本物のモンスター」たちは二度と姿を現さなかった。


 けれど二人は忘れない。観覧車のてっぺんから見たとき、一瞬だけ空にきらめいていた、異世界への小さな門の光を。


――あのとき、弟の手を離していたら。もう二度と、この世界に戻れなかっただろう。

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異世界魔法ランド スター☆にゅう・いっち @star_new_icchi

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