穢れの鳥居

をはち

穢れの鳥居


物部カルマ、25歳。


心霊系オカルトYouTuberとして「カルマチャンネル」を運営する俺のモットーは、


「オカルトは待っていてもやってこない。来ないなら、祓ってしまうぞ、不浄霊。」


その言葉通り、俺は全国の心霊スポットを巡り、過激なパフォーマンスで視聴者を楽しませてきた。


御神酒を撒き散らし、般若心経を大音量で流し、お札を貼りまくる。 


やりすぎだと笑う視聴者もいるが、俺にとってはこれが前哨戦に過ぎない。


本番は、カルマチャンネル名物の「オカルトどっきり」だ。


舞台は、都内から車で数時間の山奥にひっそりと佇む、幽霊が出ると噂の古い神社。


鳥居は苔むし、参道は落ち葉に埋もれ、昼間でも薄暗い空気が漂う。


週末ともなれば、物見遊山の若者やカップルが心霊スポットを求めて訪れる。


そんな彼らに「天罰」を下すのが、俺の企画だ。


白装束に身を包み、藁人形に五寸釘を打ち込む姿を見せつけ、追いかける。


悲鳴を上げて逃げ惑う彼らの姿に、視聴者は大爆笑。


投げ銭が飛び交い、コメント欄はカオスと化す。


その夜も、いつものようにスタッフと準備を整えていた。


鳥居の近くに隠れ、獲物を待つ。


スタッフの無線から「カップル接近中」と連絡が入る。


俺は木陰でタイミングを見計らい、藁人形に釘を打ち込む。


トン、トン、トン――鈍い音が夜の静寂を切り裂く。


カップルは凍りつき、俺が振り返って「みぃたぁなぁ!」と叫びながら長い髪を振り乱すと、案の定、悲鳴を上げて逃げ出した。


視聴者のコメントが「www神回確定!」と盛り上がる。


完璧な滑り出しだ。


次に現れたのは、若い女性二人組。


白いワンピースを着た、清純そうな雰囲気。


俺のテンションは最高潮に達する。


「こいつらはいいリアクションくれるぜ」とほくそ笑み、同じパフォーマンスを繰り出す。


トン、トン、トン。


釘を打ち込む音に、彼女たちは立ちすくむ。俺は振り返り、「みぃたぁなぁ!」と叫びながら追いかける。


だが、今回は様子がおかしい。


彼女たちは悲鳴を上げず、じっと俺を見つめている。


いや、にやついているようにさえ見える。


勢いよく追いかける俺だが、なぜか彼女たちとの距離が縮まらない。


それどころか、いつの間にか俺は彼女たちに挟まれる形で並走していた。


薄暗い参道、冷たい風が頬を撫でる。


嫌な予感が背筋を這う。


彼女たちが同時に俺の方へ顔を向けた瞬間、時間が止まった。


白いワンピースだと思っていた服は、よく見れば白装束。


顔は青白く、目は白目を剥き、口元は不自然に歪んでいる。


「みぃたぁなぁ!」――俺の真似をするような、甲高い声が耳をつんざく。


「いやだ! いやだ!」


俺は我を忘れて叫び、必死に逃げ出した。


振り返っても、彼女たちの姿は消えていた。


スタッフに確認すると、「そんな女、誰も見てねえよ」と一蹴される。


録画を確認すると、そこには藁人形を前に一人で「みぃたぁなぁ!」と叫び、慌てふためく俺の姿だけが映っていた。


視聴者は「カルマの演技力すげえ!」「これ仕込みだろw」と大盛り上がりだが、俺の背中は冷や汗でびっしょりだった。


翌日、恐怖はさらに増した。


アパートに帰宅した夜、玄関を叩く音が響いた。


トン、トン。


最初は小さく、だが次第に激しくなる。


トントントントン――


まるで何かを打ち付けるような音。


恐ろしくてドアを開けられず、布団をかぶって震えた。


朝になり、恐る恐る玄関を確認すると、そこには一本の五寸釘が転がっていた。


錆びついたその釘は、俺が神社で使ったものと瓜二つだった。


それからというもの、毎夜、玄関を叩く音が止まない。


トン、トン、トントントントン。


音は次第に部屋の中へと近づいてくる。


カーテンの隙間から覗く白い影、鏡に映る見知らぬ女の顔。


俺は気づいてしまった。


あの神社で、俺が祓うはずだったのは不浄霊なんかじゃなかった。


俺自身が、穢れを引き寄せてしまったのだ。


今夜もまた、トントントントンという音が響く。


だが、今度はドアの外ではない。


床の下から、ゆっくりと、確実に、俺の足元へと迫ってくる。

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