鋼鉄シスターは神をぶっ壊す! ― 異端の祈り、反逆の翼 ―

ことひら☆

第1章  灰の祈り、鋼の翼

プロローグ


――夜。

世界が静寂に沈み込む、月明かりの差す真夜中。


孤児院聖樹の家からほど近い場所に広がる大森林は、昼間であっても薄暗く、獣たちの唸り声が絶えぬ危険地帯だった。小型の魔獣ならばまだしも、稀に人を喰らう中型、さらには冒険者すら避ける凶悪な大型まで潜むとされる場所。

この時間に人が足を踏み入れることなど、決してあり得ないはずだった。


――だが、その夜。

静まり返った森を裂くように、突如として空に「異変」が生じる。


頭上の夜空に、巨大な円形の裂け目が浮かび上がったのだ。

闇を押しのけるように広がったその空間は、紫紺の光を帯びながら、ぐるぐると渦を巻く。異質な気配に怯え、森の獣たちが一斉に吠え声を上げた。


 「……何、あれは……?」


孤児院の窓辺に立ち、異変を見上げていた院長――マリアンヌ=クローヴァーは、息を呑んだ。

六十を越えた老シスター。その穏やかな顔に、驚愕の色が刻まれていた。


裂け目の奥から姿を現したのは、巨大な影。

いや、それは影ではなかった。翼のような残骸をまとった、ボロボロに損傷した「巨大な何か」。

それは火花を散らしながら、流星のように森の奥地へと落下していく。


マリアンヌには、その光景が一瞬――「天から舞い降りる天使」に見えた。

あまりにも異様で、あまりにも神秘的で。


轟音と共に、森の深部に衝撃が走る。

木々がなぎ倒され、地鳴りが孤児院にまで伝わってきた。


 「……あの場所へ、行かなければ……」


理屈ではなかった。

胸の奥に響く声に導かれるように、マリアンヌは夜闇の中を走った。

月光の照らす森を進み、彼女はやがて“それ”を目にする。


――巨大な金属の塊。

見たこともない、理解できない「物体」が、そこには横たわっていた。

地面に突き刺さったその巨体は、まるで人の形を模しているかのようで――。


そのときだった。


 「……泣き声?」


耳を澄ませると、確かに赤子の泣き叫ぶ声が響いてきた。

マリアンヌは信じられない思いで駆け寄り、その巨体の一部から抱き出されたのは――紛れもなく、生まれて間もない赤ん坊だった。


 「まあ……なんて……」


その小さな命を胸に抱いた瞬間。

森の奥から、唸り声が近づいてくる。


木々を押し分けて現れたのは、中型の魔獣――黒毛に覆われた獣型の魔物。

赤い目がぎらつき、牙をむき出しにこちらを狙う。


 「……っ!」


マリアンヌは咄嗟に赤子を庇い、両腕で抱き締めた。

逃げ場はない。六十を超えた老体では、魔獣の一撃で終わりだろう。

それでも彼女は、せめてこの子だけは守ろうと必死に立ちはだかった。


次の瞬間――轟音。


彼女と赤子を覆うように、巨大な影が立ちはだかった。

倒れていたはずの金属の巨人が、再び動き出したのだ。


 「……っ!」


その姿は確かに“人”に似ていた。だが人ではない。

鋼の腕が振り下ろされ、中型魔獣は一撃で叩き伏せられる。

獣の断末魔が森に木霊した。


限界を超えたように軋む音を立てながら、巨人は膝をつく。

そして、マリアンヌの脳裏に直接、女性の声が響いた。


 『……この子を……私の代わりに、育ててほしい……』


それは優しく、しかし力強い声だった。


 『私は……損傷が激しい。このままでは長く持たない……。だから……眠らねばならない……』

 『けれど、この子が十八歳を迎えたとき……必ず再び、ここへ訪れてほしい。そのとき、私は再び目を覚ます……』


マリアンヌは、胸に抱いた赤子を見下ろした。

不思議なほどに、その小さな命が愛おしく感じられる。


 「……わかりました。この子は、必ず……私が守り抜きましょう」


彼女は静かに誓った。

こうして孤児院の院長は、一人の赤子――後に「アリア=クローヴァー」と呼ばれる少女を育てることになる。


夜空の裂け目は消え、再び森には静寂が戻っていた。

しかし、マリアンヌの胸には確信があった。

――この子は、やがて世界を揺るがす存在になるだろう、と。


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