鏡写しの双子

宵宮祀花

変わらずの意思

 柔らかなプラチナブロンドに透き通った碧眼。雪のような柔肌。しなやかな手足。鏡に映したようにそっくりな美しい双子の兄弟がいた。彼らはどこへいくにもなにをするにも一緒だった。兄のニコラのほうが僅かに活発だったが、それ以外殆ど違いのない双子を見分けられる者は母親以外にいなかった。


「僕たち、ずっとこのままいられたらいいのに」


 兄より僅かにおとなしいノエルがそう言うと、ニコラはそっくり同じ顔を綻ばせてノエルの唇にキスを贈った。


「誰も僕たちを引き裂いたりしないよ。こんなに仲がいいとわかっていて、いったい誰がそんな意地悪をするって言うの」


 ニコラが囁き、鼻先を擦り合わせながら微笑む。両手でノエルの柔い頬を包んで、安心させるように互いの吐息を混ぜ合わせて。


「うん、そうだよね……友達はみんな僕たちの違いがわからない子ばかりだけれど、どっちがどっちかわからないなら、どっちかを奪ったりも出来ないもの」

「そうだよ。それに母さんだけは見分けられるけれど、僕たちにいい加減離れなさいなんて一度も言ったことないんだから」


 ノエルは安心したように微笑むと、ニコラにキスのお返しをした。

 くすくすと笑いあい、繋いだ手を絡めて縺れながら、大きなベッドに倒れ込む。

 大人二人でも楽に眠れる立派なダブルベッドは、十歳の誕生日に両親から贈られたものだ。ふかふかな一枚の布団に一緒にくるまって眠るのが、二人は大好きだった。かまくらに潜り込むように大きな布団を頭からかぶり、互いの両手の指を祈りの形に絡めて握ると、額を合わせて目を閉じた。


「ニコラ……ずっと、一緒だよ」

「うん、ずっと一緒。ノエルと離れたりしない」


 毎夜の挨拶代わりの約束を交わし、眠りに落ちた。


 * * *


 高く晴れ渡る冬空が綺麗な、この時期にしては珍しく強く吹き付ける空っ風がない穏やかな日だった。

 広い庭の片隅で、秋の終わりにかき集めた落葉で母が焚き火をしていて、ニコラとノエルは傍で煙を避ける遊びをしていた。微風に靡く細い煙に当たらないよう微かな揺れを見極めて風上に居続けるというだけの遊びだが、二人は夢中になっていた。

 だから、気付かなかった。母が落葉を追加したのに合わせて、焚き火近くに置いていた水がたっぷり入った桶の位置を変えたことに。

 ノエルよりほんの少しだけ活発で、ほんの少しだけ先に行くことが多いニコラが、足元を見ないまま桶のあるところへ駆けて行ってしまった。


「ニコラ!」


 悲鳴のようなノエルの声に、母が駆け付ける。

 そこには不注意で蹴り倒してすっかりこぼしてしまった桶の中身の代わりに上着を必死に被せ、ニコラの顔をきつく抱きしめながら取り乱すノエルの姿があった。


「ノエル、離しなさい!」

「嫌だ! ニコラを連れて行かないで!」

「ノエル、お願いだから私の言うことを聞いて頂戴! ニコラが取り返しのつかないことになってもいいの!?」


 ビクッと体をこわばらせ、ノエルが涙でぐしゃぐしゃな顔に縋る表情を張り付けて母にニコラを託す。

 恐る恐る上着を退けると、ニコラは顔の右半分に火傷を負って気絶していた。

 すぐに医者に見せ、治療を受けたものの、ニコラの右目とその周辺に負った火傷は一生残るだろうと言われてしまった。


 ベッドの端に腰かけ、包帯姿で項垂れるニコラを横から抱きしめながら、ノエルはなにも言わずはらはらと涙を流していた。


「どうしてノエルが泣くの」

「だって……」


 ニコラが頭を撫でても、ノエルの涙は止まらない。

 医者の帰り、たまたま通りかかったクラスメイトの男子に「醜いミイラ男のほうがニコラだって見分けられるようになって良かったじゃないか!」と揶揄われたのだ。

 付き添っていた母親が叱ろうとすると笑いながら駆けていってしまい、ショックを受けたノエルはなにも言い返すことが出来なかった。


「ごめんなさい……大好きなニコラが傷ついているのに、僕はとっさの一言すら出て来なかった」


 ノエルの涙がニコラの手をすっかり濡らしてしまっても涙が止まる気配はない。


「あんな最低なやつの言うことなんか、気にする価値ないよ。それに学校では、皆が僕たちの味方をしてくれたじゃない」

「でも……」


 顔に包帯を巻いて登校したニコラを見たクラスメイトが、一瞬ざわめいた。それを弄る好機と見た先日のクラスメイトが「ミイラ男が出たぞー!」と笑って叫んだ。

 だが、クラスの子供たちがざわめいたのは、痛々しい姿を心配してのことだった。それなのに嘲笑う言葉を吐いた件の男子に、非難の視線が集中した。

 方々から「最低」「アイツが怪我すれば良かったのに」「あんなのと同じクラスだなんて恥だわ」「この前往来でも同じことを言ったみたい。ひどい言葉を聞いた人がいるの」「ニコラたちの家はうちの近所だから、バカみたいな声が聞こえてきたよ」「品性って大切ね」「朝から勉強になったな」と声が突き刺さる。彼が予想していた便乗の声は、ただの一つとして聞こえてこない。

 喚いた少年は顔を真っ赤にして「一生ミイラ男のくせに! ざまーみろ!」と更に喚いて走り去ってしまった。

 彼以外のクラスメイトは、誰もニコラを笑ったりしなかった。見分けられるようになって良かったなどと、心ない言葉もかけられていない。


「それより僕は、大好きなノエルが泣いていることのほうがつらい」

「でも、ニコラ……僕たち、ずっと一緒だって約束したのに……」

「ずっと一緒だよ。ノエルは僕から離れたりしないでしょう? それともノエルは、火傷した僕とは一緒にいたくない?」


 ニコラの一言に弾かれたように顔を上げると、ノエルは乱暴にベッドに押し倒して噛みつくようなキスをした。


「そんなことない……! 火傷でも切り傷でも、なにがあってもニコラから離れたりしない!」

「だったら、なにも問題はないよ。僕にはノエルがいればいいんだから」


 一つだけの瞳で笑って見せると、ニコラはお返しに優しいキスをした。指を絡め、何度も何度も、互いの存在を確かめるように、唇や舌を喰らい合う。

 ふと、ノエルが何事か思い立ったような顔でニコラを見た。その表情を見た瞬間、ニコラは目を見開きノエルを止めようと口を開いた。が、いつもほんの少しだけ遅くあとをついてきていたノエルが、初めてニコラより早く動いた。


「ノエル!」


 悲鳴のようなニコラの声を背後に、ノエルは寝室を飛び出して居間に駆け込むと、編み物の手を止めて目を丸くしている母の前を横切り、真っ直ぐに暖炉へ向かった。飾り格子の向こうには、赤々と燃える炎が揺らめいている。


「これで、一緒」

「ノエル! だめ!」


 ニコラと母の止める声も聞かず、ノエルは薪を一つ掴むと、燃え盛る先端を左目に押し当てた。


 * * *


 鏡写しに包帯を巻いた双子は、向かい合って一枚の布団に潜り込む。


「ずっと一緒だって、約束だから」

「……うん、そうだね。よく考えたら、僕がノエルだったとしてもきっと同じことをしていたと思うから」

「知ってる。僕がニコラだったら、やっぱり傷ついてほしくなくて止めようとしたと思う。けど」


 ノエルが言葉を区切り、小さく息を吸う。


「うれしかった」


 声が揃った。

 それからくすくす笑う声も、まったく同じ。鏡合わせの双子は不慮の事故にさえも引き裂かれることなく、ずっと一緒に同じで有り続けた。



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鏡写しの双子 宵宮祀花 @ambrosiaxxx

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