本音が聞こえる

黒中光

本音が聞こえる

「本当の音」と書いて本音というが、そいつが聞こえるようになった時、世界が崩れ去った。


 まず第一にうるさい。


 俺の場合、相手の本音が高く澄んだ天使のような声で聞こえるのだが、相手が何か話す度にこれが重なって聞こえる。喋っていることと本音がバラバラなんだろうが、どんだけ嘘つき続けてるんだって嫌になる。


 そして第二に醜い。


 例えば、そうだな……。


「ねえねえ真上くん、聞いて聞いて」

「あ、悪い」

「ねえ、見てよ。このネイル、可愛くない!? SNS上げたらメッチャいいねついたんだ!」


 社会学部の乃々華がアニメキャラの柄が入ったネイルを見せてくる。

 タイトなワンピースに、茶色に染めたサイドテールの髪を垂らした彼女は、色気があって男連中からは人気だ。俺も彼女と知り合えた時は嬉しかった。

 だが。


『あたしが話してるんだから、聞けよな。3時間かかったんだぞ。お前も一言褒めろよ、気が利かねー』


 なんて本音が聞こえてきたら、一発で冷めるというものだ。


 俺はネイルに興味ないし、そのアニメも見たことがない。何とか当たり障りのない言葉を述べるが、乃々華は余計に怒ってしまった。


「無理無理、こいつにオシャレとか言ったってわかりやしないんだから」


 隣でアイスコーヒーを飲みながら、美貴が口を開く。俺の幼馴染で、乃々華を紹介した張本人。黒のTシャツに綿パン。ショートカットで、ボーイッシュな女だ。ざっくばらんな口調だから、俺としては男友達みたいな感覚だった。


『よくやったよ、真上。ちゃんと乃々華に付き合って。

 やっぱ、乃々華のこと好きなのかな……嫌だな』


 こっちはしんみりした美貴の本音だ。自分で乃々華を紹介したのに、俺が彼女といるといつもこんな調子になる。


「なに?」


 睨みつけてきた。


『なんで見つめてくるんだろ。あたし、変な顔してたかな。そうだったら、どうしよ。顔見れない』


 内心でアワアワしながらも表情はクールなまま。俺と乃々華が話すのも無視してスマホを見つめている。細い指で前髪をこっそり直していた。


 今まではツンツンした奴だと思っていたけど、それは全部照れ隠しで中身はとんでもなく可愛らしい。


 完全に心臓をブチ抜かれて、今ではずっと目で追ってしまう。


 本音が聞こえて知ったこと、第三。愛おしい。


 ストローを使う時にちょっと唇を突き出すところとか、さりげなくテーブルから落ちそうになっている物を整えてやっているところとか。好きになるところがドンドン出てくる。


 俺の本音も美貴に聞こえたら良いのに。でも、そんなに都合よくは行かないから、乃々華と別れた俺は、美貴を呼び止めた。


 本音を聞かせるために。

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