第32話 夕野紅葉の想い

「僕の言う好きっていうのは!君の思うそれとは違うかも知れなくて!!!その……違うんだ。僕の………好きっていうのは!!そのっっっ……君の胸元に飛び込みたい、みたいな!!ドキドキする、とか……!!!そういうのなんだ。昔とは違ってて………嘘ついてたんだ!!ごめん…………」


 春陽が、表情筋が全部張り裂けそうなくらいの勢いで、言葉を並べている。


 頭がおかしくなりそうだ。


「なんかバカみたいだけど…恋の病っていう疾患らしくて!!マンガかなんかみたいだよね………こんな所まで引っ張って隠してたのはそのっ………君に心配かけたくなかったから!!!とか、そんな綺麗事なんかじゃなくて………本当は、君にバレてしまって嫌われるのがずっと怖かったからなんだけど!!!!…………………………


 ──────


 頭が、ぼんやりする。


 走馬灯みたいに、頭の中で、自分の記憶が蘇る。


「………紅葉。紅葉」


「ん?」


 新しい家の、玄関先。ランドセルを背負った俺に、母さんが声をかけてくれた。


「今、どんな気持ち?」


 この言葉は、我が家で頻繁に飛び交う言葉。互いの想いを、ちゃんと知るための、ご先祖様から代々伝わる工夫だそうだ。


「緊張してる。」


「そう…よね。学校、頑張って」


「けど…俺には魔法がある。ありがとう、お母さん。行ってきます」


 小さな頃から、表情が読み取り辛いと言われてきた。


 父さん母さんに聞いたら、自分たちもよくそう言われたと、言ってたっけ。


 小さな頃から引っ越しが多くて、最初の小学校では、誰とも友達になれなかった。そのせいで、俺は益々、暗くなっていく。


 種族ごとにできることや得意なことは、全然違う。烏って言うのは、昔からそういうモノなんだ。だから、紅葉のせいじゃないよって、周りの大人はそう言ってくれた。けど、納得いかなかった。


 学校を去ることが決まってから、必死に表情の作り方を努力した。鏡の前で、上がりにくい嘴の端っこを上げたり、所謂、"目で笑う"ことの練習をしたり。図書館で本を読んで、話し方の工夫もした。


 けど、張り詰めた心の不安が晴れることはなく、明日から、新しい学校に行くという時になって、俺はトリミングに行かされた。


 羽根が生えているタイプの種族だし、毛がある種族と違って伸び放題になったりしない。表面を切り揃えてかっこよくする、みたいな、ファッションとしての意味合い以上に何かあるわけでもないのに。


 ─その時までは、そう思っていた。


 俺はその日に、一生で二番目の魔法をかけてもらったんだ。


「さあ、今日はこのクラスに、転校生が来ました!じゃあ早速、自己紹介をお願いしても良い?」


「ハイ!わかりました。えっと…群鳥から来た、夕野紅葉です。見ての通り、烏です!みんなと仲良くしたいなって思ってます!よろしくお願いしまーす!」


 元気いっぱいの拍手とともに、席に案内される。一番後ろの窓側…の一つ隣。そこに、いかにも俺には興味が無いといった感じで、適当に拍手を済ませたあと、手に顎を乗せて外の景色を見ていた黒猫獣人が一人。


「………」


 新学期だから、席に名前が貼ってある。


 くろだ……はるひ。


「ねえねえ、春陽くん」


「えっ…………何ですか」


「これからしばらく隣だね。よろしく」


「え?ああ…よろしく」


 それが、春陽との出会いだった。


 最初は、ある種の意地というか、同族嫌悪みたいなものだったのかもしれない。この、無表情極まる黒猫から、なんとしても表情豊かにリアクションを引き出してやりたい。


 そんな、失礼とも取れる上から目線を心に抱いたまま、俺は転校翌日の給食で、思いつくままに一体化を披露した。その後も、なんとなーく俺のことを嫌っていそうと知りながら、友達と行く夏祭りに彼を誘って失敗したり、彼の家に遊びに行くとゴネまくったりした。


 そして秋に差し掛かろうというある日のこと、俺はようやく、折れた彼からその権利を勝ち取った。春陽の家に置いてあったスマビを一緒にプレイして、ボコボコにされたのもその日だ。


「はい、僕の勝ち。わかった?僕と遊んでて楽しいことなんて無いよ。わかったら早く帰りなって」


「ふんぐぐ……確かに楽しくないし悔しい!!」


「でしょ?だから…」


「だったら俺が楽しくなるまで何回でもやるだけだ!さ、もう1回やろうぜ」


「しつこいなぁ、キミも……わかったよ。やろう」


 結局その日は一方的にボコボコにされ、どんなルール設定でも、一度すら勝つことは叶わなかった。けどその日の帰りに、俺はこう言った。


「クソ…悔しい!!!けど!!!次お前んち行く時は、絶対勝つ!!!覚悟しろよ?」


「……できると良いね。じゃ」


 去り際に、家の扉を閉めた彼は確かに笑っていた。


 後々聞いた話によれば、彼はスマビをする相手ができたのが、単純に嬉しかったらしい。それからは、春陽とよく遊ぶようになった。彼から僕を誘うようなことは決してなかったが、春陽はよく笑うようになって、少しずつ周囲とも馴染んでいるようだった。


 そして、初めて行った夏祭り。


「知ってる?かき氷って全部同じ味なんだってさ。」


「いや?そんなの全部食べてみないと分かんないだろ。そんな付け焼き刃の雑学、俺が否定してやるぜ」


「なんだって?一緒ったら一緒なの!色が違うだけなんだから」


「望むところだ!全部買って食ってやっから!」


 小学生か!


 と、自分で思い出して思った。ホントに小学生だけど。


 それから、春陽の情緒はどんどん豊かになっていった。小6くらいになると、彼は自分への好意を隠さなくなってきた。もちろん、友達として…


 それが、とても嬉しかった。彼と居ると、彼が笑ってくれた時、心臓がぎゅっとする。その感覚を体感したくて、来週も、また来週も……何度も、学校でも、外でも家でも、会い続けた。


 いつしか、春陽は俺の幸せになっていた。


 4年間居ることのできた八色から、また別の街に引っ越すことが決まったのは、その年の夏だったっけ。


 俺はその事を、直前まで隠していた。そしたら彼は最後に、何度目かの怒りを見せたあと、何度も書いて消したあとのあるトリミングプランシートを渡してきた。


 嬉しかった。そんな気持ちの影に、何かが隠れていると自覚したのは……そのあと。


 俺はその紙を大切に保管して、勉強の合間なんかに、取り出していた。将来店を開いた時に、最初に迎えるという約束。


 彼が、いつか俺の店を訪れる。当たり前だけど、殆ど裸になって。少しずつ大人になる中で、俺は自分の感情の正体を知った。毎晩、春陽のことを考えて………思い出しただけでも吐き気がする。


 ぼんやりとした視界。夜中に、汚れた下着を洗いながら、決意した。俺は守らなきゃならない。


 彼のことを邪な目で見ている、夕野紅葉という存在から…


 世界で一番大切な存在である、黒田春陽を。


 中学生活が1年も過ぎないうちに、トリミングプランシートをゴミ箱に捨てた。けど、八大の入学式でのことだった。


 いろんな人に話しかけて、連絡先を交換している時。視界の端に、はっきりと映った。けだるそうな顔で胸元のネクタイを外し、会場の外に出ていく春陽が。


「あっ、みんなごめん!俺、用事思い出した。じゃあ、またどっかで会おう!」


「おう。じゃあな…」


 当時は下の名前も知らなかった、囲炉裏をはじめとする鳥獣人たちが手を振るのを背後に感じながら、ほぼ反射的に春陽を追った。


 だが、負い目から声をかけられず、結果的に後をつけ続けることになった。罪悪感や焦燥感に駆られ続けながらも離れられないでいると、彼は商店街の喫茶店に入った。


「………ブルドッグ?すごい名前のお店だ………」


 中の見えない扉、とてもやっていそうに見えない外観に慄き、少しばかりの躊躇を挟む。がしかし、いつまで経ってもここに居るわけにはいかない。


「…………どうしよ。コーヒー2000円くらいしたら………いや、春陽がこの街で入るような店に限ってそんなことないか」


 財布とスマホを見て、諸々の決済方法の残高を確かめる。


「………俺、何やってんだろ。大切なものを捨てた俺なんかが………春陽をつけたり………あまつさえ同じ店に入ろうだなんて。ばかばかしい………」


 ……………。


 春陽は、俺のことを信頼してくれていただろう。


 そんな悪魔の囁きが、脳裏にこだまする。いつしかぶりに、気弱になってしまってた。俺は、明るく笑っていなくちゃいけないのに。


 扉を押して、中へ。1回くらいなら、まだ許されるかな。




 


 


 




 


 


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