第25話 勇気をもらったのに

「じゃ、頭髪のカットは終わったので、上半身切りますね。こちらの席へどうぞ」


「はい」


 導かれるままに背もたれのない席に移動し、着席する。


 カットクロスの付け根の位置が腰まで下げられ、上半身の毛が切られていく。凄まじい速度で肩から胸、二の腕、背中、腰、腹と、あっという間に切り揃えられていく。


「早いのう。流石はトリミング界の流れ星」


「本人の私も初めて聞いたわ、それ…」


「でも、スゴイ早い…マスターのカットも相当上手いけど、この速さは衝撃的だ」


「………」


 頭髪の時点で、既に実感していたが…。


 これほど、僕がかっこよく切られたのは、生まれて初めてだ。


 八色に住みながら、ここに来たのは初めてで。ずっと知らなかった。時間にして、僅か20分。軽くクシを入れられ、切られた毛が落とされる。


「はいおしまい。じゃあ次は下半身ね、立ってください?」


「はい」


 カットクロスの位置が首元に戻され、上半身が覆われる。そのままでは露出が無いような状態だが、驚いたことに言葉さんは隙間から手を突っ込み、ノールックで下半身を切り始めた。


「………ええ!?」


「あら、私はトリミング界の流れ星よ。このくらいは…造作もないわ」


 パンツは、被服面積がギリッギリのモノを履いてきた。頼まれたわけではなく気遣いからで、事前に九色スーパー銭湯に凸してバイトしていた囲炉裏をオモテに引き摺り出し、パンツを探させた。


 そのおかげがどうかは分からないけど、自分でも気が付かないくらいの速さで、鼠径部や尻尾の付け根みたいな際どい場所にもハサミが入れられ、切り落とされていく。


「すっごい…ですね。今までならどんな上手いヒトでも、多少は覗いてきたのに」


「ま、それは当たり前ね。普通はそんな事はできないもの。でも私は流れ星だから」


「今つけられた二つ名を気に入ってる…」


 横で上半身を切られている夏目が、リアクションしてくる。


「私は…まぁ、相当無理をしたかな。どんなヒトでも、他人にここまで距離を詰められて、嫌にならない訳が無い。快適なトリミングを、私なりに追求し続けたから。清さんには迷惑をかけたなぁ」


「それは事実かもしれんが、儂は何とも思っておらん。昔からそう言っておるじゃろ?」


「ふふ…そうね」


 爪先まで、あっという間に切られた。後ろの時計は最初に座った時から1時間すら回らず、いつもなら心身ともにヘロヘロになるトリミングが、一瞬にして終了する。


「ハイ!おしまいね。それじゃあ、体洗って乾燥室へどうぞ〜」


「え、マジ!?早すぎんだろ春陽〜」


「おおん…確かにめちゃくちゃ速かった。じゃ、僕は先に行くよ」


 トリミング室を出て、シャワールームへ。


 箱型の、小さな個室が二つ、並んでいる。中には真っ白なタオルが大小合わせて3枚、家では使わないようなシャンプーやリンス、トニックなんかが色々と置いてある。


 シャワーを浴びて、いつも通りに全身を洗う。そして、二つあるうちの一部屋の乾燥室で、身体を乾かす。


「ああ…………おお〜…………」


 最初に服を脱いだ更衣室に戻って、思わず服を着るのも忘れて全身を眺める。


「これが……………僕…………?」


 まあ、なんということでしょう。


 今まで適当に切り揃えていた春陽の全身が、スタイリッシュに着られているではありませんか。


「すごくスッキリしている。全身の毛の流れが、すごく滑らかだ。それなのに、切った後の、ボリュームが極端に薄くなった感覚が、無い」


 全身鏡の前でくるくるとまわり、頭から尻尾の先まで確かめる。そうか。この魔法こそが、過去に紅葉がかけられた…


「………そりゃ、目指したくもなるか。僕は……」


「おーす。俺も終わったぜ」


「あっ!!なっ、夏目、これは……」


「おん、まだ服着てなかったのか?風邪引くぞ〜?早くパンツ穿けって………あ」


「え?」


「お前、いつしかぶりに笑ってるぞ」


「え!?そっ、そう?」


「そうだぞ。お前、ホントに…うん……良かった」


 全裸のまま、後ろから夏目が抱き着いてくる。


「えちょっっ…夏目?」


「俺………ここしばらくめちゃくちゃ不安だったから……良かったぁ。春陽が笑ってくれた」


 爪先を浮かせて、夏目が肩に顔を埋める。


「え、もしかして泣いてる…?」


「泣いてねーし!!全然!!俺は男だから泣かないって、ずっと昔に決めたから……」


 さっき乾かした首筋から肩にかけての領域が濡れる。もはや何が原因なのかすらよく分からないけど、春陽は、そのままにしておくことにした。


「………」


 あ、ショリショリ音がする。嘗められてる…


「おへはほう……へっははいはは……」


「なんて言ってるんだこのヒト」


「ははほ………えっとぉ。とにかく、良かったっねって言ったの。さて、感動の一幕はこのくらいにして…」


「コイツ感動の一幕って自分で言ったぞ…?でも悔しいけど、ちょっと僕も感動した」


「うんうん。軽口叩ける余裕があるのは実に結構。さてそれで、今日はついでにまだ、やりたいことがあるわけ。ちょっと失礼」


 夏目が背中を離れて、その辺に掛けられていた備え付けのタオルで春陽の肩を、続いて自分の目と鼻を拭き、それをカゴに投入した。続けて、部屋の隅まで、トコトコと走っていく。


 ぽんッ。


 夏目が更衣室の隅に置かれていた、大きな手鞄を春陽の前に移動させ、地面に置いて、チャックを勢いよく開ける。


「じゃ~ん!!着物を!!ご用意しましたっ。やっぱり祭りと言えば!という事でネ。着付けをします」


「おお!スゴイ、色々ある…あ、取り敢えずパンツ履いて良い?」


「それはもう是非。俺も履くから」




 


 

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