第19話 昔のことを思い出していた
「お邪魔します」
「お邪魔します〜」
「失礼する。紅葉、来たぞ」
シャワールーム、小さなキッチン、8畳ワンルーム。玄関をくぐった3人を、家主が迎え入れる。
「おや、お揃いで。どうぞ上がって」
7月。全員が極限まで軽装した状態で、紅葉の自宅に押しかけた。もちろん、春陽は彼に会うため。そして夏目は見守り要員。そして…
「囲炉裏、お前は何故来た?」
「ひどいな夏目。君の友達として、紅葉のサークル仲間としてだよ」
「フフ、冗談だよ。この前のライブ、楽しかった」
一ヶ月。この間、夏目と囲炉裏は一緒に遠征をするなどしていたらしく、かなり仲が深まったようだ。そして、春陽は自分から紅葉にアプローチをするという方法を手に入れ、あれから意識が落ちることなく紅葉の前で振る舞えているらしい。
「なんか…なんだかんだ、何回も会ったよね。あれから」
「ホントホント。春陽さん、もうパンツ買ってくれないんですか」
「あはは…」
全員が半袖半ズボン。尻尾の付け根が広く、風通しがいい服装になっている。夏目と紅葉はノースリーブの白シャツで、肩が出ている。ズボンは黒地に白ラインが入ったシンプルなもので、ひざ上丈。
春陽は、薄手でゆったりしたシルエットの、薄緑色の長ズボンを履いている。上は白シャツ。
夏目は、なんか有名なスポーツロゴブランド(本人以外よく知らない)がついた、スタイリッシュな黒地に灰色のラインが入ったシャツを着ていて、うっすらと体のラインが見えている。下半身は、同系色のギリ膝下くらいの半ズボン。
「狭いとこだけど、ゆっくりしてってよ」
事前予想と違って、意外とモノが多いな。夏目の感想は、それだった。パソコンに、干された服。絵の具、自分のものをむしって作ったであろう羽根ペン。その他、様々な画材、彫刻刀なんかもある。それとは別に、バット、グローブがセットで置いてある。こちらは、使い込まれたもののようだ。
夏目は絵や音楽なんかに対しては義務教育以外で触れたことの無いタチだが、そこらに放置してある絵が異様に上手いのはわかった。藝大生でもないのに、よくぞまぁここまで。
「では遠慮なくそうさせてもらう。お土産あるけど要る?」
「要るー!」
紅葉がニコニコ顔で手を挙げる。すると、夏目が後ろ手に持っていたデカ目の紙袋から、色々と取り出し始める。
「えっと…これは三人で買ってきたお菓子とか…飲み物。一応どの種族も飲み食いできるものしかないけど、なんか、苦手なものとかあったら弾いて貰って。そしてこれは、囲炉裏と二人で買ってきたんだけど…」
机の上にチョコの袋菓子とか水とかジュースとかが広げられている中、底の方に別の包装に入れられた何かが。
「ジャン!アルバム買ってきた〜」
「アルバム…ああ。ムンぴょの?」
「そう!これは布教用。そして、2人からキミに、ちょっと早めの誕生日プレゼントね」
「え!ありがと~」
ムーンライトぴょんぱーズの、ライブ限定ベストアルバム。淡いピンク色の包装に、5年分の名曲たちが詰め込まれている。
「全13曲。月まで届け…ってやつは俺でも知ってるよ?あ。他の曲も知ってるやつある〜!すごいね、こんなの貰っていいの?限定品でしょ?」
「いーのいーの。1人1枚の購入制限は確かにあったけど、俺たちは一枚を二人で一緒に聴くことにから。ねー!」
「そうそう。布教は嗜み。寧ろ自分らはお互い会うのが楽しみになるから、遠慮なく貰っていただきたい」
「紅葉、なんか二人がキャッキャしてる…」
「ああ、春陽。なんか、あの銭湯の段階では若干険悪そうだったのに、既にこう…二人の世界、的なものができているような」
─ねぇ夏目。お願いがあって。
「………」
夏目は本心から笑うその裏側で、数日前の、サークルでの出来事を思い出していた。その日は二人以外にもたくさんのサークルメンバーが居て、粉末状のマタタビを零した先輩と一緒に、理性若干やられつつも掃除をしていた。その後、ざわざわと騒がしい部屋の一角で、引っ付いてゲームをしていた。
「ねぇ夏目。お願いがあって」
「おう、なんだ?」
「…僕、さ。ずっと…紅葉が八大に居るって分かってからずっとなんだけど…気になっていることがあってね」
「ん。アイツのことで?お互いのこと、けっこう理解してるとばかり」
「だからこそなんだ。どうしても聴きたいことがあった。紅葉に。その為に、彼の家に遊びに行きたいんだ」
「そっか。わかった」
「……」
その時の春陽は、笑顔をなくして、口を結んでいた。そして、
「はい勝ち」
「うわぁああああ!」
いつも通り、スマビで俺をボコボコにした。
あの、妙に覚悟の決まった顔。何を想っていたのか─
「さて。今日は…特段目的は無いけど、どうしようか」
「そっかろちょうどいいのがある。漫研の友達から盤ゲーとパーティーゲームを譲り受けている。ちょうどいい機会だし、これ全部やろう!」
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