第17話 フードコート

「えっとね…………君も知っての通り、4月の入学式のあの日。彼はろ春陽は、病院に搬送された。ただ、命に別状無しとの診断が下った。ただ彼は…前例の極めて少ない特殊な病気に掛かっており、僕が彼を見守ることとしている」


 フードコートの四人がけのテーブルにピッタリおさまった四名。それぞれ、自分が注文した料理が目の前にあったり、或いはブザーを持って、完成を待っている。夏目が口を開き、説明を始めていた。


 幼馴染2人と、他人組が対面するように席が組まれている。すべての側面が廊下側に向いている席だ。続いて、春陽が紅葉を見あげながら口を開く。


「その内容についてなんだけど、さっきも言ったように僕は病気によって命を脅かされることはない。経過観察は、定期的に夏目のお父さんのいる夜間病院で行っている。えっと、具体的な症状について、なんだけど……」


 横で聞いていた夏目が、金魚のように口を動かす春陽をサポートする形で割り入る。


「………ナルコレプシー」


「ん?ナルコ…」


「ナルコレプシー。つまり、彼は一種の過眠障害なの。ただ、従来のナルコレプシーとは全く違う。春陽は…」


「春陽は?」


「安心すると、昼夜関係なく眠る」


「えっ…あ、そーなの!?」


「そっ、そう……なんだよね!あはは…あんまり、紅葉に心配かけたくなくて。夏目と相談して、経過観察をしてもらいながら、緩和しようと思ってたんだけど…」


 春陽が、頭を掻く。


「春陽くんは、君といると、とても安心するみたいでね。それで、君の前だとよく、血行をよくして眠っていたのさ」


 夏目は、自分自身に半ばあきれていた。まー、よくぞここまで口からでまかせで、ペラペラとしゃべるものだ。


「…え?」


 目をぱちぱちさせる紅葉に、春陽が俯きながら喋る。


「慣れてるヒトだからだと思う。紅葉は、一番安心できるから。やっぱり、生活の合間を縫ってどうしても会いたかったし、でも、心配かけたくなかったから…夏目も一緒に居てもらって、何とか一緒に居たかったんだ」


 春陽もうまく乗ってくれた!恥じらう演技上手いな…いや、この場合は半分以上は、ただのコイツの本心か。


「なるほど。理解はした。ただ春陽」


「なっ………何」


「俺は怒っている。それが何故か分からないお前じゃないだろ?」


「約束のことだよね。ごめん」


 珍しく、紅葉がムスッとしている。久しぶりに見た。春陽は、俯いた顔を上げて紅葉を見遣る。紅葉はチラリと表情を見て、フッと顔を崩して、また笑った。


「まあ事情が事情だから、取り敢えず許す。まずメシ!今後のことはその後ってことで…」


 紅葉は手を合わせて、スプーンを握る。


「先にいただいてもいいかな?」


「どうぞどうぞ。それじゃ、僕も食べよっかな」


 紅葉が、カレーライスを。春陽が、ハンバーガーのセットを食べ始める。


「ねぇ〜春陽。ニンジンあげる。だから…」


「ポテトちょうだいって言うんでしょ?わかってるよ。なんでニンジン苦手なのにいつもカレーライスを頼むかね?はいどーぞ」


「ありがと〜」


「よし。いただきま…………あ」


「ははーん春陽。お前の言いたいことはわかるぞ?ピクルス食べて、だろ」


「ごっ………ご明察。油断してた。久々だったから…」


 ハンバーガーをめくった春陽が、恥ずかしそうにそれを紅葉に差し出す。そして紅葉は自らの鞄から割り箸を取り出し、ピクルスを1枚ずつとって自分のカレーの皿の福神漬の横に添える。


 交代するように、春陽が…口を開けた。その様子を見て、囲炉裏が隣にいる夏目に耳打ちを始める。


「え。マジ?こ…この距離感なの、この2人」


「割とそうなんだよね。もう俺は慣れた」


「慣れた!?壁が無さすぎでしょ。こう言っちゃ今時アレかも知んないけど、異種族で…?」


「そうなんだよね…春陽が、告白してなくてこれっていうのがね」


「春陽〜。一回で全部いれるよ」


「来なよ。全部受け止めてあげるから」


「え…なんか意味深?下ネタ?」


「バカ、囲炉裏お前!おとなしくしとけって」


 じゃがいも、ニンジン、タマネギ、牛肉。それぞれが、まぁそこそこの具の量のカレーから一片のかけらもなくなるように全てニンジンを掘り起こし、一般的な鳥用のスプーンに器用にすべてを盛る。流石に、山のように積み重なったそれを、丁寧にフーフーして冷ます春陽と紅葉。


「そろそろいいかな?」


「うん大丈夫。はいあ~ん」


「そのあ~んってのやめてよねって、小5の夏にも言ったよね?」


「まあまあ。それ以降はしてなかったんだから、1回は許して?」


 ぱく。ニンジンを食べる春陽を見て、また囲炉裏がしゃべり始める。


「片方、恋の病なんですよね?外で人前であ~んする奴らが成立してないカップルとかあり得なくないスか!?」


「それについては俺もそう思う。スゲェな…俺たちもする?」


「しませんよ。急に何言うんです?」


「おやそれはショック…お」


 囲炉裏の手元にある呼び出し機器が振動と音を発し、彼のカツ丼完成を知らせる。


「行ってくる。失礼するぜ」


 その直後夏目の手元のブザーも鳴り、チキンステーキプレート(ご飯なし味噌汁付き)の完成を告げる。


「俺も。ああそうだ、お二人さん、追加の水いる?要るなら取ってくる」


「あ、僕一杯ほしい!お願いします」


「じゃあ俺も、お言葉に甘えようかな?一杯で」


「りょーかい。じゃ、暫く待っててな」







 

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