第14話 乾燥室へ
「雪野囲炉裏…だったか。ちょっとこっち来い。春陽もだ」
「…どういうことっスか?」
「いいから!」
時は先程のトイレ作戦時点から15分。更衣室に戻ってきた四人が揃う中、夏目が春陽と囲炉裏を誘い、紅葉から隔離する。
まだなにも履いていない彼らはスクラムを組み、コソコソと話し始める。
「意味わかんないッスよ夏目さん!なんですか、さっき自分の脇を急にくすぐって…」
「あんたが中々笑わないからでしょーが!話をややこしくして!」
「え?」
本気で困惑している様子の囲炉裏を見て、春陽がツバを飲む。
「………僕から話します。ええっとですね、実はカクカクシカジカで、夏目に同伴してもらってて」
「そう。俺は、カクカクシカジカ…ということでここに来ている」
「へぇ。じゃあやっぱり春陽さん、紅葉のこと好きなんじゃん。思い切りましたね、下着」
「聴こえる!聴こえるから!言いましたよね?僕の好意は紅葉には伝えてないって」
現在、夏目の尻側と、囲炉裏の尻側のみが頭にハテナを浮かべている紅葉の方を向いており、まだ春陽は下着を見せていない。
「ってかさっきからなんなんですか、僕のパンツのことバラそうとしたり!彼氏なんですかとか聞いたり…」
「ああ。すんません。よく叱られるんですよ、紅葉にも。余計なこと言いがちだよねって」
「この際それは許します。そういうことなんで、こっからは穏便に頼みますよ」
「承った。紅葉〜」
「おお。囲炉裏、春陽、夏目、なにやってたの?」
疑問を抱く紅葉に、囲炉裏が口を開ける。
「なんてことはない。紅葉はカッコいいなって、そういう話をしていた」
「え?へへへ。照れるね」
「さて。主目的を果たす時だ!皆。乾きに行くぞ」
「あ、乾燥室ね」
公衆電話の箱程度の大きさの、扉付きの小さな部屋。壁の四方から温風が出て、全身を乾かす。更衣室の四面ある壁をびっしり埋める、その数実に12。ヒトが入っている部屋は、鍵の所が赤になっている。
「…空きが2つだけど?」
「三分も待てばどっか開くだろ。誰か待てば…」
「いや!ここは一部屋に二人で入る。その方が早い」
バッ!!と手を広げた夏目から、水滴が若干飛び散って目に入る。
「……え?」
「乾燥室の利用は1回100円!ここは節約する」
「ほう。そう来たか夜間夏目」
なんか囲炉裏くんまで頷いてるし!!
「え、待って…それちょっと…いいの!?」
「みろ。1〜2人用って書いてあるだろ?良いんだよ!と言うわけで幼なじみ2人は当然一緒!俺たち他人組はこっちに入る。ハイ解散!」
「えちょっ………夏目?」
「ほらほら早く入らないと後ろが詰まるから!行くぜ囲炉裏。」
「ふっ……仕方ないな。100円は自分が出そう」
「じゃあ俺たちも行こう、春陽。100円は出すよ」
「えっ……あああ!たっ…助け…!」
「慣れるんだろ?隣で見守ってやるから」
鳥組両名が羽の隙間から100円を出し、扉の隣のコイン入れに投入する。この状態から扉を開けて閉めると自動でロックがかかり、温度と風量が自動的に調節された温風が、壁面のノズルより放出される。全身をくまなく乾かすため、完了までの5分間、ずっと立ちっぱなしだ。
「………うーん。春陽と二人きりだ〜」
「えっ…うん。そうだね」
こぅぅぅう………実家やアパートにあるそれとは比べ物にならないほど静かな駆動音で、暖かい風が吹き始める。あとノズルの数も多い。うちにあるやつは壁面一つにつき穴が四つ、それが三面で合計12。けど、ここにあるやつは3倍の、合計36。たぶん、一つのノズルのパワーを抑える事で毛にかかる負担を落としているのだろう。スゴイぞ最新設備!いや、それどころじゃない。
狭い部屋。接触していないけど、めちゃくちゃ近い。これで壁ドンなんかされたら、僕、もう…
「おお。風が出始めた。春陽」
「何?もう一体化とかしないよ」
「それはそう。対角線上に立とう!その方がよく乾くでしょ」
「…そうだね〜」
あれ。なんか、想定と違うんですけど。まぁいっか。冷静に考えてもみれば、彼は無意味に僕とひっつきたいわけじゃないだろう。
新しい知り合いの前で、僕のリアクションを引き出して、多少無理にでも笑わせる。
それが僕を助けることだって、今でもあの時のように思っているのだろうから。実際それに、助けられてきたから、なんとも言えないけど…
「紅葉はさ。今どこに住んでんの?」
「八色のアパート。春陽は、実家?」
「いや?僕も一人暮らし。そうしとけって言われたから…僕のところはさ、乾燥室は共用なんだ。紅葉は?」
「同じく。遅くに帰った時にさ、空いてなくて並んでたりすると、ちょっとがっかりするよね」
「あーそれあるある〜。前の人が掃除してなくて毛が床に舞い散ってたりとかね…」
「おんや、自動掃除機能がないタイプかな?となると、俺の勝ちだな春陽」
「なんの勝負なの?」
「スマビの戦績、俺の185勝186敗で負け越して終わったから、その当てつけ…」
「よく覚えてるねそんなこと!言われるまで忘れてたよ」
「当たり前じゃん。全部覚えてるよ」
「ふーん。それは、頭が良いから?」
「モチのロン。わかってるねぇ〜俺の言う事!それはそうと…なんか最近、隠してることある?春先からずっと。…言いたくないなら、もちろん言わなくていいけど」
「……いや、全然。そんなことないよ。僕なら大丈夫だから」
「そう……」
フルフルと、風に紅葉の羽根が揺れる。
僕はいつまで、嘘をつき続ければいいんだろう。
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