第四王子の不毛の辺境開拓記だモ~裸一貫で放り出され、押し寄せる開拓民が来る前に何とかしないといけないけど、土魔法があれば物流とインフラを力技で整備して何とかなるさ~

うみ

第1話 砂漠地帯を開拓せよ

――プロローグ。

 崖の前に立ち、手をかざし目を閉じる。心の中へ、中へ、沈むようにトランス状態へ入って行く。

「出でよ、土の精霊」

『箱を開けるモ』

 俺の呼びかけに応じ、土の精霊が出現する。土の精霊はずんぐりとした小動物で、ふさふさした焦茶色の毛皮に包まれ、ふてぶてしい顔をして後ろ足だけで立っていた。

 さあて、ここからが本番だ。

「解錠、箱を開けて」

『分かったモ、魔力を寄越せモ』

 体から大半の魔力が抜け、ずんぐりした土の精霊がカードサイズの小さな箱を開けた。すると、中から光があふれだし、目前にある崖の一部が切り取られて宙に浮かぶ。

「はあはあ……」

 気合入れるも、今ので魔力のおよそ8割を消費してしまった。こんな時には力強い仲間に頼るに限る。

 後ろに立つスラリとした涼やかな顔をした友人へ声をかけた。

「エルナン、魔力の供給を頼む」

「準備はできているよ」

 友人のエルナンが右手の指先をくるりと回すと、光の輪が俺を包み込み、さっき消費した魔力が全て回復する。

 あああ、生き返るわあ。

 なんて感想を抱きつつ、じとーっとした視線に気が付きコホンとわざとらしく咳をする。

「すぐに次をやるってば」

「急ぐ旅でもないさ」

「旅……」

「あはは、まあ、急ぐことはないって言いたかったんだよ」

 これがただの秘境巡りだったらどれだけ気楽に楽しめたか。残念ながら現実は非常である。

 まさかこんなことになるなんて思ってもみなかった。申し遅れたが、俺の名はクリストフ。これでも第四王子をやっている。

 実は俺、前世日本の記憶を持っていて、王子に転生するなんて俺の時代がキタなんて浮かれていた。

 しかし、五歳になるころ、なんで王子になんて生まれたんだ、って嘆く日々が続く。お受験戦争なんて真っ青の超超詰め込み教育で、文字通り寝る間もなかった。お受験戦争と異なり、剣術など体を動かす修行もあるし、先ほど使った土魔法の修行もあるしで、精神的にも肉艇的にも疲労困憊になっていたんだよな。今となってはよくあの超過密スケジュールをこなしたものだと我ながら感心する。

 無になって日々を過ごすこと11年で、ようやく鬼のような教育から解放された。

 これからようやく自堕落で責任もない第四王子生活が始まるかと思ったが、そうは問屋が卸さない。お次は戦争だ。

 そして今、俺は僅かな馬車と共に不毛な砂漠地帯の開拓へ来ている。あれよあれよという間に王命が発令され、臣民の新たに住まう地を開拓せよ、ときたものだ。どうしてこうなったのか、事件は一か月前に起こったんだ。

 

 ◇◇◇

 

 一か月前――。

 敗戦した。圧倒的な敗北。それが我が国の現状だった。特に大きな理由もなく隣国に手を出したのは我が国で、軽く撃退された後、返す刀で我が軍が壊滅したのである。

 とまあ、俺にとって敗戦などどうでもよいイベントなのだが、まさかこんなことになろうとは。

 敗戦した我が国は大幅に領土を割譲した。かといって臣民はさまざまな理由があり、大半が割譲された領土から移住することに。

 肥沃な大地を割譲したものだから、国内の農業生産がピンチ、かつ、住むところのない臣民が多く出ている。

 そこで担ぎ出されたのが俺だ。

 不毛の砂漠地帯を開拓し、新たな臣民の楽園とすべし……だってよ!

 ほんと無茶を言うなよって話なのだが、国は本気だ。毎月一定数の住民となる臣民を送りつけることが決まっている。

 対する準備をする側の俺たちはたったの三人ときたものだ。

 砂漠地帯は元々、定住できぬと放棄された地域なんだぞ。無茶にもほどがある。無茶だというのは政府側も理解していて、彼らからすれば別に失敗してもいいのだ。逆に失敗すると考えられている。要は食い扶持を減らせばいいのだから、フロンティアを開拓に向かった勇敢な臣民たちは犠牲になったとでも褒め称えれば終わる話と思ってんだろうなあ。ついでに王子である俺が失敗したとなれば、王党派の勢力を削ぐことにもなるから、色々と都合がいいのだろう。

 俺じゃなくても誰しもが、臣民を見捨てるなんてことはしたくないだろ。

 送り込まれる臣民たちは切り捨ててもいいと思われている人たちだから余計に何とかしたいと考えてしまう。貴族的な発想ではないが、元日本人の俺が激しく否と唱えるのだ。少なくとも生きていけるだけの環境は整えねばならん、と奮起した。

 

「は、ははは」   

 見渡す限りの不毛の砂漠地帯に立ち、渇いた声が出る。何とかしてやるぜ、という決意が揺らぐほどの乾燥した大地に圧倒されてしまう。

 傍には俺たちを運んできた馬車が二台ある以外、人工物が一切ないときたものだ。裸一貫でこんなところに放り出されたら、誰だって変な声が出るってもんだよ。ここに来るまで物資を補充しつつ進んだのだが、馬車一台分の物資は使ってしまった。ので、ここからは馬車一台に馬二頭で進むつもりだ。

 王国のおよそ三分の一の面積を占める砂漠地帯。そんな砂漠地帯の開拓に向かったのは俺を入れてたったの三人という、人員的にも絶望的な数字である。

 数が多けりゃいいってもんだもないからな。人が多ければそれだけ必要物資も増えちゃうから一概に人が多ければいいってもんでもない。

 それを差し引いても少なすぎであるのだが……。

 荒涼とした大地に呆然としていたら、後ろから肩を叩かれる。

「ここでそのまま開拓を進めるのかい?」

 振り向くとスラリとした涼やかな顔をした友人がやれやれと斜に構えて立っていた。

 彼は俺についてきてくれた頼りになる宮廷魔法使いで、図形魔法という魔法の使い手だ。彼がいないと俺の土魔法が十全に生かすことができない。

 彼がいなきゃってところは土魔法を使う場面になったときにでも追々。

「このままここで開拓するのは避けたい。最初の開拓地はできる限り成功率が高そうな場所を選びたいんだよな」

 砂漠地帯を国と考えた場合、人が定住できることが必須だ。ヒト、モノ、カネってやつだな。ことカネに関しては後からでもよい。ヒトだけがいる状態(臣民がひたすらこちらに送られてくる予定)なので、カネがあってもモノが買えないもの。やってくる臣民は最貧層が大半だし、カネもなく食べるに困っている。

 ヒトは過剰、カネはまだ必要な段階ではない、そして、急務なのはモノの充実だ。モノの要素を大別すると生産と物流になるのかな。たとえば、食べ物が一か所に集まっていても、遠方にいる人にまで供給されなきゃ無いのと同じみたいな感じだ。

 当たり前だが運ぶモノ(食べ物)がなきゃ、いくら物流が発展していても飢える。なので、最優先は生産になるだろ。

 とんでもなく回りくどかったけど、まずやらなきゃならないのは生産になる。生産の中でも最初にやらなきゃならないのは、水の確保。水がなきゃ、農業や畜産もできないからね。 

 俺の考えを先読みするかのように、エルナンが口を挟む。


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