第六射 再会と観察と賭け事と

「俺は悪くねえぞ。ただ売られた喧嘩を買っただけだ」




目を逸らしながらボヤく少年。




「アタシこそ悪くねえよ。アタシはただコイツを威嚇してただけだ」




ポリポリと頭を掻きながらバツが悪そうに呟く黒髪の少女。




「ワ、ワタシノタメニアラソワナイデ………」




何故か片言で、プラチナブロンドの髪を揺らしながら両者を宥める少女。




そして何が起こるのかとハラハラしながら見守る者、状況を面白がって眺める者、我関せずと眠る物、もはや何を考えているのかも分からない者………






事態は混沌を極めていた。







「鏡花、サターシャ、さっきぶりだね」




「こんなに早く再会するとは思ってもみなかったよ」




嬉しそうに笑ってくれる鏡花。




対照的にサターシャは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。




「………サターシャ、何その顔」




「へっ!?いや、なんでもないですよ!?この先絶対面倒事が増えるなとか全然!全然思ってないですから!」




思ってたんだろうな……慌てて取り繕うが、人を疫病神みたいに言うのはやめて欲しい。




「………お前らは知り合いなのか。コイツは一体なんなんだよ?どう見ても一般人……筋肉の付き方を見れば少しはやれそうだが、ここで教職張れるようなタマじゃねえだろ?」




金髪の少年が相も変わらず毒を吐く。やめてよね、俺はフェアリータイプなんだから!




「ハッ!てめえの目はどうやられんこん以下みてえだな!何を隠そうこの人がアタシらと共にサテライトを殺った張本人だ!だよな、先生!?」




「え、う、うん。そうだけど………」




「はぁ?寝言は寝て言えよ。何の能力もねえカスがサテライトと戦って生き残れる訳ねえだろうが」




………この子もしかしたら本当にどくタイプなのかもしれない。




「君、そんなに疑うなら俺と戦ってみるかい?君さえいいなら俺は何時でもいけるけど……」




「お前、本気か?カスの分際で思考を読み取ってもらおうだなんて考えてる事もだが、俺と戦ってタダで済むと思ってんのか?」




「うん、思ってるよ。あと、非能力者をカスだなんて呼ぶのはやめた方がいい。いずれ足下をすくわれるよ」




「ちっ、いちいちウザってえカスだぜ。いいぜ、その話乗ってやるよ。感謝するんだな!」




さっきまで自分に非は無いと子供のように拗ねていたとは思えないな。まぁいい。




問題というのはこういう事だろう。もし皆が皆こんな感じだと言うのなら、この戦いだけで後々だいぶ楽になるかもしれない。俺は拳銃を取り出し、装填されていた特殊な弾を鉛玉に変え、少年に言った。




「さぁ、行こうか」




少年は俺に答えず、扉を開いて先を歩いた。







「着いたぜ」




たどり着いたのはグラウンドらしき場所だった。ただ、広さが尋常じゃない。野球を同時に十試合は出来そうな敷地をグラウンドだけで使えるとは、流石はヴェルメイユ・ファミリアと言うべきか……




「ここなら戦っても被害は出ねぇ。……てめえが死んだら話は別だがな」




「気にする必要は無いよ。俺は君を殺さないからね」




「………ちっ!」




ウインクして見せたのだが、どうやら下手くそだったようで盛大に舌打ちをされた。




今は互いにある程度の距離を取り、立っている状態だ。先程の騒動に乗じて来たのはクラスの半分ほど。十数人が俺たちの戦いを見物に来たらしい。




「はいはーい、バルデが勝つと思う人ー!いくら賭けるー?」




「バルデに三帝国銅貨!」




「俺は黒髪の男に一帝国銀貨だ!」




「賭けとかつまんなーい、それよりどっちがタイプか話そうよー」




「アタシは断然先生派だな。バルデの野郎とだなんてまっぴらごめんだぜ」




「それなら私も先生かなぁ……消去法的な意味でね?」




群衆に笑いが起きる。おーい、聞こえてますよー?


それより彼、バルデくんというのか。初めて俺に楯突いてくれたんだ、よーく覚えておこう。




「い、いいか?始めるぞ?」




女子達にボロクソ言われて少し泣きそうなバルデ。流石に可哀想な気がしてきたが、今後の俺の生活のためだ。大人しく見せしめになってくれ……!




「あぁ、いいよ」




首肯とともに準備が完了したことを告げる。




「それじゃあ行くぜ。よーい、ドン!」




試合開始の合図とともに駆けるバルデ。…………速い、十メートルほどあった距離をたった一瞬で詰められてしまった。その速度を丸ごと乗せた拳が俺の顔面目掛けて飛来するが……………




「なんてことないね」




ひらりと躱して見せる。これくらい、ヘイムダルに毎日のようにやらされた銃弾を避けるとかいうバカみたいな修行と比べれば危険でも何でもない。




「…………ちっ!」




避けられるとは思っていなかったのか驚愕の表情を浮かべるが、その後すぐ冷静さを取り戻し、舌打ちするバルデ。ほう、単純なだけの人間ではないようだ。




「てめえ、なにもんだ?大して速いわけでも、特殊な力があるわけでもないくせに、なぜ俺の拳を躱せる?」




そんなに不思議なことだろうか?別に驚くべき超絶技巧を会得しているわけでもないのに。




「簡単だよ、見ればわかる。俺は観察をしているだけさ」




「観察………だと………?」




さらにバルデの怒りに触れたようで、こめかみがひくひくと痙攣している。やはりキレやすいのが玉に瑕だな。




「そう、観察だ。例えば今君は酷くキレている。それは自らが持つと信じている才能とこれまでの努力の結晶を君にとってなんの価値もないものにつぶされたからだ。君にとっては今のは限りなく最高に近い動きだったハズ。しかし、サラッと、綺麗に躱されてしまった。それが悔しいし、腹立たしいし、そして何より恥ずかしい。君の想い人の前で…………」




「待て待て!ストップ!スト――――ップ!!!」




バルデが大声で叫ぶ。だが、俺は話すのを辞めない。




「その反応を見るにどうやら初恋だね?うんうん、青春してていいと俺は思うよ」




バルデに親指をグッと立てて見せる。




「クソが!なんでもかんでも言いふらしやがって…………てめえの観察眼が優れてんのはよーくわかった。だが、それだけか?俺の心境と境遇を推察できたとして、それがサテライトとの戦闘にどう役立つ?」




「君はさっきから質問してばかりだね………少しは自分で考えてみたらどうだい?もし君が感情を持たないサテライトだったとしたら、敵に俺がいることがどれだけ恐ろしいか、ね?」




俺の言葉を受け、バルデが目をつむる。




動かないバルデを見つめる。今、彼は思考の海に沈んでいる。彼は短絡的になりがちだが、実は深く、論理的で合理的な解を導き出せる冷静さと頭脳を持っている。




さぁ、君は俺に相対したとき、何を思う?







俺はサテライト。二本ある右手には槍を、そして同じく二本ある左腕には長刀を装備している。筋骨隆々とした巨大なサテライトだ。顔が三つあり、その六つの砂金をまぶしたような瞳で三百六十度すべてを捉え、見逃さない。四本生えたまるで馬のような力強い脚で地を駆け、宙を舞い、並み居る敵を切り伏せる。




そんな俺の前に現れた黒髪黒目のスーツの似合わない男。今の俺なら優に越せる低い身長、何を考えているのかまるで分からない、どこまでも黒いあの少女と似た瞳。その手には小型の拳銃を持ち、今すぐ銃弾を射出可能な状態だ。




俺はいつものように、目の前に立つ少し不快に思う程度の障害物を切り伏せんと奴に向かい駆ける。




だが、次の瞬間には俺は倒れていた。自慢の筋肉には力が入らず、いつも地を駆けていた太い四本の脚は俺の命令に従って動かない。一瞬、たった一瞬の出来事に俺は適応できない。眼前、俺を地に伏せさせた男の顔を見る。男は言った。




「君、脳筋だろ」







男がいた。




斬りかかる。




倒される。




適応できない。




「君、脳筋だろ」







男がいた。




斬りかかる。




倒される。




適応できない。




「君、脳筋だろ」







斬りかかる。




適応できない。




「君、脳筋だろ」







適応できない。




「君、脳筋だろ」







適応できない。




適応できない。




適応できない。




適応できない。




適応できない。




適応できない。




適応できない。




適応できない。




適応できない。




適応できない。








………………………………………………………………………………………………








「君、脳筋だろ」







「俺は!脳筋じゃ!ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」




うわお、びっくりした。




今まで目を閉じてうなされていただけだったバルデが突如雄たけびを上げた。脳筋って何のことだろう?




肩で息をするバルデ。どうやらまともに戦う前にだいぶ消耗してしまったようだ。




「えっと、大丈夫?まだやる?」




「………………やめとく。今まで悪かったな」




バルデが素直に頭を下げた。想像力と危機感地能力はかなりのものだと思ってたけど、いったいどんな光景を想像してたんだろう?




「バルデ、さっきの話なんだけど、いったいどんなことを想像してたの?」




バルデに問いかける。するとバルデはまるで地獄でも見てきたかのような顔でこうつぶやいた。




「思い出したくもねぇ………………」







「へぇー?まさかあのバルデに戦わずして勝つだなんてね。最初の一撃を避けた時点でやっぱり何か違うと思ってたけど………………」




男…………いや、僕らの先・生・を見る。見物に来ていたクラスの女子たちや、賭けに負けた男子たちに囲まれ、わいわいと楽しそうにしていた。




なかなかに面白い。もしかすると、この僕のベットタイミングを狂わせる、最高に面白い存在たりえるかもしれないな………………




僕はひそかに賽の目を三つ取り出し、常備している椀の中に転がした。




出た目は一、二、三。




今日は素晴らしく、運の悪い日だった。

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