ただ神は見てるだけ

kuro

序章

プロローグ 始まりの観察

欲望とは帳簿に似ている。

足したり引いたり。

残るものもあれば、消されるものもある。


私はただ、それを見届ける。

記録の番人。観察者。

今日もまた、ひとりの名がここに記される。

救いとなるか。請求となるか。

……それは、私の知るところではない。


さあ始めよう。


鈍い蛍光灯の下で、彼は書類の山に埋もれていた。

安月給、長時間残業、家庭との板挟み。

名前はまだ語られない。


ただのサラリーマン。

妻の腹には、これから生まれるはずの子がいた。

「あと少しで落ち着くから」と何度も言い訳を重ね、深夜に帰宅し、空の弁当箱と眠る妻の横顔に「すまない」と呟く日々。


その積み重ねが限界に達した夜。

会社からの帰り道、彼はふと信号の灯を見上げた。

赤から青へ。

ただ、それだけの瞬間。

世界がねじれた。


地面が消える。

街の音が消える。

妻の笑顔も、まだ見ぬ子の未来も、すべてが帳の外へと落ちる。


残ったのは、光と声。


「ようこそ。あなたの番だ」


……帳簿に新しい名が記された。

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