第二話 鬼の山

静六が〝鬼〟に襲われたという事実を重く受け止めた村の長老たちは、翌日に若い衆を集め今後の警戒の強化と、古くから村で言い伝えられている〝鬼の山〟のこと詳しく若者たちに話した。

静六の家のすぐ手前で暮らす久男の息子で、今年十四歳になる久松もいた。

あの晩の事は、久松にとっても忘れられないほど恐ろしい出来事だった。

静六の妻の叫び声が表で響き渡り、久松は驚いて起きると、父の久男が「なにがあった!?」と即座に表に飛び出ていった。

眠い眼をこすりながら久松も思わずそれにつられる様に、裸足で飛び出してしまった。

父親の後を追い静六の家に向かうと激しく泣き叫ぶ生まれたばかりの赤ん坊と、その子を抱いて震える妻、そして額から血を流しながらずくまる静六の姿があった。

そして顔を血で染めた静六は父の久男に訴えていた。

「鬼だ・・・・鬼の仕業だ!!」

静六の言葉に久松ははじめ理解が出来きなかった。

しかし、その訳のわからなさから理解を超えた〝怖さ〟を感じたのだ。

その翌日の集まりで、長老たちは言った。

「我々の幼い時代では、まだその言い伝えが強く信じられ、その山に近づく事は固く禁じられていた・・・・」

昔、この村では、山に住む鬼は恐れられながらも敬われており〝守り神〟とも言われており、面白がって山に近付く事は絶対に許されなかった。下手に近づけば、村人の怪我人や病人が続出したり、作物が実らなかったり、土砂崩れや川が決壊したりと、次々に不吉な出来事がおこるとされていた。

まして深く森へと入り山を登ろうとすれば、当然生きて出られないと言われている」

と、長老は思い出す様に遠い眼をして語った。

つまり、ひとりの身勝手や好奇心で鬼の山に近づく事は、村全員の不幸とされていた様だ。

それがいつしか年月が経ち村が栄えるにつれて、それは迷信と言われ風化し誰も語り継がなくなっていったのだ。

「長老。確かに子供の頃に少しは聞いた事があるけど、もっと詳しくおしえてほしい!」

と、久松は身を乗り出し長老に聞いた、すると長老はフッと一つ笑みを浮かべて、うなづいた。

長老よると、村の北西に位置する山のふもとに向かうと道が狭くなり、森の入り口の様に徐々に木がお覆い始める。その先には川が流れていて、大人の足で二十歩ほどの幅でそれほど深くもないから、大人なら容易たやすく向こう岸に渡る事ができるという。

だが、川の向こう岸は〝鬼の領域〟とされていて昔から立ち入ることを禁じられているのだ。

その昔、鹿や猪が山にいることを知った村人が、その獲物を狩ろうと川を渡り森の奥深くへと入った者が何人かいた様だが、いづれも帰ってくる事はなかったそうだ。

村では「鬼に食われたか・・・・」とうわさされ、村人は、そういった人の過ちに対し、鬼にゆるしを乞う様に手を合わせていた。

「おぬしら・・・あの川の付近の大きな樹が有るのを知っているか?」

と長老が言うと、数人が知っていると答えた。

その大きな樹木の下には大人の胸の高さくらいのほこらがもうけられている。

そのほこらは、村の者たちがが鬼の怒りをかい不幸にわぬ様に、また、それ以上は先に進むなと言う目印のためにもうけられたのだった。

長老の話を聞き、しばらく皆は沈黙していた。

鬼の山の伝説はおおかた理解出来たが、なぜ今、静六の家に鬼が現れたのか。そもそも鬼とは身体が大人よりデカくて、肌の色は赤だの青だのと、到底、見た目からして人とはかけ離れた姿ではないだろうか。

「まさか・・・・鬼の子共?」

と、久松が言うと、一度、皆はザワついた。

「そうか、鬼の子か・・・・確かに、鬼の子かもしれんな」

長老の右隣に座る作次さくじ老人が腕を組みながら感慨深かんがいぶかく言った。






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