第3話:「紅蓮王国、戦術士を召集す」

紅蓮王国の首都、ル=ヴァルナ。

その中心にそびえる戦術庁は、石造りの重厚な建築で、戦の記録と命令が交錯する場所だった。

ユグ・サリオンは、その庁舎の会議室に立っていた。

詩集を胸に抱え、胃痛を抱え、精霊に囲まれながら。


「……戦術士ユグ・サリオン。あなたの“語りによる戦術”が、前線で一定の成果を上げたことは確認済みです」


そう告げたのは、軍参謀長のヴェルド=グラン。

年老いた戦術家で、剣と数字を信じる男だった。

彼の声は硬く、語りという概念に対して明らかに懐疑的だった。


「ですが、語りは戦術ではない。詩は兵を動かさない。精霊は気まぐれだ。

あなたの戦術は、偶然の連鎖に過ぎないのでは?」


ユグは、静かに詩集を開いた。

ページの間から、風の精霊がふわりと舞い上がった。

会議室の空気が、わずかに震えた。


「語りは、命に届く火です。

剣が肉体を裂くなら、語りは心を揺らす。

精霊は、その揺らぎに共鳴する。

偶然ではなく、構造です。詩は、戦術の骨格です」


参謀長は眉をひそめた。

「構造? ならば、証明してみなさい。

この場で、兵士の心を揺らしてみろ」


ユグは視線を巡らせた。

会議室の隅に、若い兵士が立っていた。

彼は命令で立っているだけで、語りに興味はなさそうだった。


ユグは一歩、彼に近づいた。

そして、語り始めた。


「君の剣は、誰のために振るう?

君の足は、どこへ向かう?

君の心は、何を守りたい?」


兵士は、瞬きした。

空気が揺れた。

風の精霊が、彼の肩に触れた。


「……母のためです。

僕は、母の畑を守るために剣を取った。

でも、最近は命令ばかりで、何のために戦ってるのか、わからなくなってました」


会議室が静まり返った。

参謀長は、言葉を失っていた。


ユグは、詩集を閉じた。

「語りは、命に届きます。

精霊は、その命に寄り添います。

それが、僕の戦術です」


そのとき、扉が開いた。

セリナ・ノクティアが入ってきた。

香環を手に、精霊の場を整えるための儀式準備をしていた。


「精霊場、安定しています。

ユグの語りに反応して、風と香りの精霊が集まっています。

この場は、戦術的に“語りの場”として成立可能です」


参謀長は、椅子に深く座り直した。

「……認めたわけではない。

だが、前線で成果が出ている以上、試す価値はある。

戦術士ユグ・サリオン。紅蓮王国軍、戦術部隊への正式配属を命じる」


ユグは、静かに頷いた。

胃が軋んだ。妄想がざわめいた。

けれど、精霊が肩に触れた。

その感触は、言葉よりも確かだった。


「……ありがとうございます。

語りの火、命に届かせてみせます」


会議が終わり、ユグとセリナは庁舎の外に出た。

空は晴れていた。風が優しく吹いていた。


「ねえ、ユグ。あなた、すごかったわ。

あの兵士、泣きそうだった。語りって、本当に届くのね」


ユグは苦笑した。

「届く相手には、ね。

でも、届かない相手もいる。

そのとき、語りは火になる。……焼き尽くす火に」


セリナは少しだけ眉をひそめた。

「それって、理想を捨てるってこと?」


「違う。理想は、命を選ぶこと。

語りが通じるなら、残す。通じないなら、焼く。

それが、選別の火だ」


セリナはしばらく黙っていた。

そして、そっとユグの腕に触れた。


「……あなたの語り、好きよ。

火になっても、好き」


ユグは驚いたように目を見開いたが、すぐに視線を逸らした。

耳が赤く染まっていた。


「……君は、時々、爆撃より破壊力がある」


「それ、褒めてるの? 皮肉ってるの?」


「どちらでもない。ただの観察結果だ」


風の精霊が、二人の間をふわりと通り抜けた。

語りの火は、まだ小さく揺れていた。

けれど、それは確かに、命に届く準備をしていた。


| 紅蓮王国、戦術士を召集す。

| 語りと精霊が、戦場の構造を変え始める。

| まだ、誰も知らない。

| この火が、滅びを選ぶ日が来ることを。

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