第8話 五幻獣

レナスはアメリアと共にテラスから森を見ていた。

昨日、外壁の補強を終えてから塔に戻ってアメリアと共にルリアを待っていたが、ルリアの言葉通りその日は帰って来なかった。


一日で帰ってくると言ったのだから、今日、帰ってくるはずだ。

ただまぁ森を見下ろしたところで、ルリアが帰ってくるのが見えるわけではないのだが。


テラスの柵を背にし、手すりに両肘を置く。

隣に佇むアメリアの視線は動かない。

森を――いや、森の先のゲルトステインへ想いを馳せていることだろう。


「あんたが心配する全員が助かるとは言えないんだが――」


レナスの呼び掛けにアメリアがレナスへと視線を移す。


「ミリスが行った以上、少なくとも真っ当に生きてる奴らは死なないよ。ミリスが着く前に何か起きてれば話は別だが」

「ミリス様は、お強いのですね」

「そりゃミリスはあんたらが言う聖獣だからな。あ、これゲルトステインの奴らには内緒な」


聖獣という言葉にアメリアが目を見開く。


「え、でも、ミリス様は獣族なのでは?」

「まぁ色々あってな。ちなみにあたしも、あんたらの言う聖獣だぞ」

「えぇ?! レナス様も?! 聖獣様はどこにいらっしゃるのかとは思っておりましたが……それは大変失礼しました」

「まぁ人型とは思わんよな」


レナスもミリスも、自分を聖獣だなんて思ってもいないため何も失礼ではないのだが、申し訳なさそうに俯くアメリア。

こんな少女が、本当に色々なことに気を回していることにレナスは感服し、思わず頭を撫でてしまった。


「レ、レナス様っ」

「あ、すまん。頑張り屋なんだなと思ったら褒めてやりたくなって」

「そ、そんな、光栄です」


頬を赤らめて照れ笑いするアメリアにレナスの頬も緩んだ。

そこにルリアがもどってきた。


「仲良くなったみたいでよかったわ」

「予定通りだな、おかえり」

「おかえりなさいませ」

「ただいま、バルトは帰ってる?」

「え? 旦那のダンジョンに行ったんじゃなかったのか?」


てっきりバルトを迎えに行ったと思っていたレナスはルリアの一言に面を食らう。

ルリアは不機嫌そうに脇にいるロキの首根っこを掴み、締め上げる。


「コイツがバルトを騙して、別のダンジョンの場所を教えてたことが判明したわ」

「あー。やっちまったな、ロキ」

『そそ、それは! もう詫びたであろう!』


ロキは苦しそうにもがくがルリアは手を緩めない。

レナスもロキのデコを指でぐりぐりとしている。

レナスとしてもバルトが騙されたというのであれば罰の一つも与えなければ気が済まない。

ミリスが知ったらレナスよりキツめの罰が下るだろう。


『それに、ほら、見ろ、無事に帰ってきたぞ!』


ロキの言葉にテラスから下を見れば、確かにそこにはバルトがいた。

かなり服がボロボロになっているように見えるが、ルリア達を見上げて手を振るバルトは、間違いなく元気そうだった。


『面構えもよくなっておる。余の試練の賜物だな』


ドヤ顔でそういうロキにデコピンをすると、ルリアはテラスから飛び降りた。


「バルト!」

「お、おい! あぶなっ!」


空から降ってくるルリアに、バルトは受け止めようと思わず両手を広げる。

衝撃に備えて力むが、バルトの腕の中にふわりとルリアは落ち着いた。


「もう! 遅い! 心配したじゃないの!」

「悪い。ちょっとな」

「ちょっとじゃない! ちゃんと説明してもらうわよ!」


かなりルリアの機嫌を損ねてしまっており、バルトはどう機嫌を取ろうかと思案したが、それよりも先にまず――


「わかったから、な、中で話そう。みんな見てるから」


ルリアの声の大きさに、周囲を行き交う住人の視線が抱き合う二人に集中している。

そんなことはお構いなしに


「あら、その子達は何?」


さっきまでの勢いはどこへやら。

バルトの後ろについていた、小ぶりの二匹の魔物にルリアは意識を向ける。


「ダンジョンマスターだよ、グリフォンのイグルスと、フェンリルのベルだ」

「バルト! やったのね!」


バルトを抱き締める力が一層強くなり、バルトに頬擦りするルリア。

周囲の人々がざわつき始める。


「とりあえず! とりあえず中で話そう!」


バルトはルリアを引き離すと、その手を取って強引に塔の中へと引っ張り込むのだった。




◇◇◇




部屋の中は錚々たる顔触れが揃っていた。


ルリアルトの女神と言われるルリア。

そして女神を守る聖獣レナス。

ダンジョンマスターのロキ、そしてイグルスとベル。

更にはルリアが話をつけたというもう一人のダンジョンマスター、シームルグのシャル。

この場にいるメンツだけで、国がいくつ滅ぶかわからないレベルである。


フェンリルのベルは、バルトがイグルスと契約したあとに『話が通じるダンジョンマスター』のダンジョンだと思って入ったもう一つのダンジョンのマスターだ。


バルトにしてみれば初回のイグルスのダンジョンはロキに騙されたから仕方ないとは言え、残りの二分の一を外した形だ。


だがよくよく聞いてみれば、ロキがいなければ結局は力づくでどうにかせねばならなかったらしいから、バルトとしては特にロキに恨みはない。

危うかった場面もあったが、ダンジョンマスターを二人も従属出来たのは、バルトの自信にも繋がったからだ。


『ったく、お主ら、余の許可なく従属しおって』

『我はそもそも貴様の配下でも何でもない。貴様との勝負がついておらぬと言っているのに、貴様は勝ち数が少し多いだけで逃げて引き篭っただろう。そばで我も機を待っていただけで、何故わざわざ貴様の許可を取らねばならぬか。我は我が気に入った此奴と契約したまでよ』

『儂も同じく。だぁ〜れがお前の配下になぞなるか』

『不毛な争いのタネとなることを言うべきではありませんよ、ロキ。妾達はそれぞれ得手不得手があり、それを踏まえてみな同格ではないですか。まぁそれでも強さは貴方が上なのは認めますが』


ロキの発言にイグルスもベルも、話が通じると言われていたシャルまでもが不満を漏らす。


「「「ロキ……」」」


ルリアとレナスとバルト、三人の視線がロキへと刺さる。

全員が配下ということが、だいぶ話を盛っていたということが衆目の場で晒されることになり、流石のロキも気まずそうだ。


『ふ、ふむ。まぁ時が流れれば各々の考えも変わるものじゃ。みな成長したということ、何よりじゃ』


訳のわからない言い訳をしているが、三人ともそれ以上突っ込むことはしなかった。


「あと、ここにはいないけど、海の中も話をつけてあるわ。リヴァイアサンのレヴィよ」

「「は?」」


バルトとレナスが同時に声を上げる。

レナスもどうやら知らなかったらしい。


いつの間に!とレナスは少し不満気味だが、どうやらバルトがダンジョンに潜っている間にロキと共に海底に向かったらしい。


ダンジョン自体は街裏の崖の真下にあるようで、それこそ日帰りで済ませたとのことだ。ロキを除いて、誰もルリアがそのような行動をしているとは知らなかった。


ドラゴンであるロキも、他のダンジョンマスター達もこの状態に流石に呆れていた。


『ダンジョンマスターの幻獣種を五体も従える街や国なぞ聞いたこともないわい』

「イグルスとベルは、私も想定外だったけれどね。バルトが二人を倒さずにいてくれてよかったわ。ロキから一つダンジョンが消えたと聞いた時は、消滅してしまったと思ったけれど」


消滅したというのはイグルスのダンジョンだ。

バルトに敗れ、従属を決めた際にダンジョンを残しておくと無駄な魔力を消費することになるからとイグルス自ら消滅させたのだ。


挑戦者達の訓練場にもなっていると聞いていたこともあり、消滅させるのはどうかともバルトは思ったが、ルリアルトから最も遠いダンジョンであったこともあり、その選択を止めなかった。


「こりゃあミリスも流石にぶったまげるだろうな」


レナスは笑いながら、この場にいないミリスのことを話題にあげる。

そしてルリアがそこから話を継いだ。


「バルトとレナス、そしてシャル達にも、聞いてほしいことがあるの。ミリスがここにいない理由と、何故、急に周辺のダンジョンマスター達に従属してもらったのかということ」


そう言うと、ルリアはメイドにアメリアを呼ばせ、おずおずと部屋に入ってくるアメリアを招き寄せるとゆっくりと話し始めた。


バルトを待つため、そして穏やかに暮らせる場所を確保するため、ルリアルトを作り上げたこと。

この街を害そうとする者は今後も許すつもりはないが、自分達から手を出すことはしないこと。

命懸けの斥候が現れてこの街の場所の情報が悪意ある者にバレたこと。

時を同じくして、不埒者により隣国ゲルトステインが危機的状況にあり、アメリア達が助けを求めてきたこと。

ゲルトステインが約二百年もの間、約定を守り続けた誠実な国であり、そこに敬意を表してミリスを鎮圧に向かわせたこと。


「なるほどな。立派な国じゃないか」

「えぇ。だからこそ、侵略者達の好きにさせたくないわ」

「ミリスが行ったんだ、大丈夫だろ?」

「ゲルトステインを狙う者達の排除については心配はしていないわ。ただ――」


部屋の扉が開く。

そこにはミリスがいた。

部屋に揃うメンツに少々驚きつつ、


「終わったよ。一時凌ぎだと思うけど。現国王もファウストも無事だ」

「おかえりなさい、お疲れ様」

「あぁ、少し疲れた。自由に動けないというのはストレスだな」


ミリスが当然のようにバルトの膝の上に座り、バルトへともたれかかる。

戸惑ったバルトだったが、バルトが不在の間に色々と起こっていたことを処してくれていたことを聞いた今、純粋に労に報いたいと思った。

頭を撫でてやるとミリスは気持ちよさそうに目を閉じる。

ルリアもレナスも、流石に何も言わなかった。


ミリスの後から入ってきたメルを目にし、そしてミリスの発言を耳にしたアメリアは涙を浮かべながら、場の流れを壊さない程度の大きさで感謝の言葉を口にしていた。


「話の腰を折ってしまったか? すまない、続けてくれ」


ミリスがバルトの首に手を回して全体重をバルトに預けながら澄まし顔でルリアに進言する。

口調と態度が合っていない様子にルリアも苦笑するが話を続けた。


「ちょうどミリスが不在だった理由を説明したところだけど、私が問題視しているのは、今ミリスが言った通りこれは『一時凌ぎ』ということよ」


ゲルトステイン内に潜んでいた侵略者の排除は完了したものの、黒幕の排除には至っていない。

そしてその黒幕はルリアルトに来た斥候の黒幕と同じである可能性は高いだろう。


「どうすんだ? 大元の国を潰すのか?」

「この間ここに来た輩達の証拠がないからそれは掴んでからね」

「ちなみに、ゲルトステインに来たのはアサシーダで確定」


気怠げな口調でミリスがさらりと報告を混ぜた。


「そこはもう私達が口を出す話ではないわ。どうするかはゲルトステインが決めることよ」


国家間の話には口を挟まない。

ルリアルトは支配を望まず、ただ侵略だけは許さない。

ルリアはアメリアを通してゲルトステインにそのスタンスを改めて示した形だ。


「一時凌ぎをどうにかするのに、ダンジョンマスターを集めたことが何か関係してるのか?」


ダンジョンに興味がないと言っていたルリアがわざわざ二つのダンジョンマスターと契約してきたのだ。

それが関係ないとは思えない。


「今までこの街に集まる人に被害が出ないようにと思ってなるべく秘匿した方がいいと思っていたのだけど、聖獣の守る都、というのを改めて人々の記憶に刻み込もうと思うの。手を出そうなんて思えないように。だからバルトがイグルスとベルを連れてきてくれたのは本当に良かったわ」

「抑止力ということか」

「そういうこと。ゲルトステインにも協力してもらうわよ、アメリア」

「へっ?!」


蚊帳の外だと思ってただ話を聞いていただけのアメリアは急に話を振られて狼狽える。


「もちろん、ゲルトステインの安全性も高まると思うわ。現国王、第一王子、その他それなりの力を持つ者達を、可能な限り連れてきて欲しいの。その抑止力を、その目に焼き付けるためにね」


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