第45話「上司を追放したら、職場が地獄絵図になった件【おまけ】」
ソルソルが地獄企画庁の中庭でごまベーグルを食べていると、隣でコーラを飲む金髪の山羊角に声をかけられた。彼の名をムイムイといい、ソルソルの飲み仲間の一人だ。
「ねえ見て~、僕のお弁当。全部タコさんウィンナー」
「キッショ!いや可愛いけど多すぎてキモッ!ごまベーグルひとくち食う?」
「え、いいの?ありがと~。ソルソルもタコさんウィンナー食う?好きなの持ってっていいよ」
ソルソルはちょっとだけ冷たい視線をムイムイに向けた。
「いや全部いっしょ。好きなのとかねーわ」
「微妙に違うんだってば~。ほら、黒ごまの目のとこ。顔認証してみろよ、差が出るくらいには違うから」
「タコさんウィンナーの個体識別とか世界一いらねえだろ。どうせ口に入るんだし」
「ははは、平和だなあ~」
ソルソルは地獄の赤黒紫の空を見上げ、フ、と微笑んだ。地獄企画庁に来て、こんな表情になったのは初めてかもしれない。
「ベルザリオ課長のいないオフィス、天国みたいだよな……」
ベルザリオは一身上の都合で退職した。ソルソルの復讐が原因だった。
噂では、心機一転『グリングリン呪術工房』という中小企業に転職したらしい。
「でも、アレだな~。例えばさ、追放もののラノベってあるだろ?あれって『いらないと思ってたけど実は有能な奴』を追い出すわけじゃん……そんで、追放してから物事が立ち行かなくなって……」
「おいやめろ、現実見せんな」
ベルザリオがいなくなり、ソルソルとムイムイは会社のお荷物になってしまった。
確かにまあ、ベルザリオは怖かった。なにせ拷問という名のパワハラをするのだ、決して良い上司ではない。それでも、術式を代わりに書いてくれるところだけは誰よりも頼りになった。
「ベルザリオ課長って、僕らに書けない難しい術式を代わりに書いてくれたよな~……」
「やめろ、俺らはラノベとは違うんだ……!ざまぁ展開になんか……!」
「もうなってるんだよなぁ~、ざまぁ展開に……」
「チクショウ!新しい課長が術式書いてくれないせいで!」
それにベルザリオは、PCに変な呪詛メッセージが来ても、的確に呪詛返しをしてくれた。あれがなければ、この地獄企画庁は成り立っていない。
ちょうど今も、誰かが呪詛返しに失敗したのか電化製品が暴走、コピー機は社員の隠し持っていた『ベルザリオの隠し撮り写真』を勝手にコピーし、まるで命を得たかのように『ブモォォオ!!!』と唸り声を上げながら、あちこちへばら撒き始めた。
「あ、写真のコピー降ってきた」
「見ろよソルソル~、これ、ベルザリオの湯けむりシャワーシーンだ!」
「うわ、なにこの需要のなさすぎるセクシーショット!!意外と肌が水弾いててなんかやだな!!」
「誰だよ隠し撮りした奴~。しかもこれベルザリオが猫カフェで猫にチューしようとしてる写真!」
「猫すげえ嫌がってんじゃん。ベルザリオのチューって猫から見てもホラーなんだな。ハラスメントにも程があんだろ」
「これってさぁ、ベルザリオの呪詛返しがなくなって、会社立ち行かなくなってるよね~。ソルソル、ベルザリオに謝って会社に戻ってきてもらおうぜ~?」
「けど、謝ったらアイツのパワハラ肯定することになるし……猫にチューしようとするキス顔見た後で平常心で話しかけられそうもないし」
ソルソルはごまベーグルを食べ終え、ムイムイはコーラを飲み干し、電化製品爆発課へと戻った。
社内は写真のコピーで荒れ放題、吠えるコピー機、鳴り止まぬ悲鳴。まるで世界の終焉をギュッとオフィスに閉じ込めたかのような様相だった。
「……ああでもやっぱ俺、ベルザリオに謝るわ。謝んなきゃこれが毎日続くんだろ……?俺こんなベルザリオのもち肌とキス顔のオフィスで仕事したくねーよ」
*
一方、ベルザリオは。
「グリングリン、ピザリエル。例の『使い捨ての畳プロジェクト』はどうなった?」
「それがさァ、頓挫よ頓挫」
「畳を作るためには、10年ほど修行して一人前にならないといけないらしくて、グリングリンも我も全く上達しないまま時が過ぎてしまい……失敗の畳でガ○ダムのオブジェを作ることばかりが上手くなって……進捗は、完全にダメです……」
「もう畳でガ○ダム作るための工房みたいになっちまって、何するために畳作ってんのかもゲシュタルト崩壊してきた」
「こんなプロジェクト、やっぱり最初からムリだったんですよ」
「でも、諦めたくねえンだよ……!オレは、この使い捨ての畳でレムロス星人と宇宙貿易がしたいンだよ!畳ガ○ダムに乗って宇宙に飛び出して、レムロス星人たちに、最高の爪研ぎ体験をお届けしたい!」
「だから謎の動力源なんか作ってたんですか!やめてくださいよスペーステブリになりますよ!?ていうか本当にガ○ダム作るための工房になって……」
グリングリン呪術工房の作業スペースには、失敗の畳たちが山のように積まれ、ただ積むことに飽きたのか、失敗の畳で作ったガ○ダムのオブジェまで数体飾られている。2体目からは格段にクオリティが上がっている畳ガ○ダムの額には、ぺしりと貼られたA4のコピー用紙。『失敗は成功のもと!!!!!!!』と、強火すぎる自己啓発のような文言が書かれている。
「この畳を、作り続けていたのか……」
「……おうよ。難しいけど、いつかはレムロス星人に喜んでもらえるように、毎日努力してる」
「努力の方向性が間違っている。畳職人を雇えば全て解決だろう」
「あっ」
「あっ」
「無駄な時間を過ごしたな。貴様らが上達したのは、失敗の畳でガ○ダムを作ることだけだ。2体目から明らかにクオリティが違う。もう量産しても良いレベルだ」
「そォだろ?宇宙でもいい感じに動いたぜ?ビームも出せるし」
「か、完全にプロジェクトが迷走してる……!」
と、そのとき、ベルザリオのPCにメッセージが入った。地獄企画庁の社内メッセージアプリが、ピコン、ピコン、と緊急要請をしているのだ。
ベルザリオは、片眉を上げてアプリを開く。
すると。
――――――――――――
【アルマロッサ・モモリシア(課長)】
ベルザリオさん、大変だ。地獄企画庁に的確な呪詛返しのできる人材がいない。今すぐヘルプを要請したい。オフィスの床が裸まつりだ。
【ムイムイ】
ベルザリオ課長!今すぐ戻ってきてください!
あなたがいないと会社が立ち行きません!
助けてください!
【ソルソル】
ベルザリオ課長、申し訳ございませんでした!
どうか、戻ってきてください!
あなたがいないと、俺は術式ひとつ満足に書けません!
――――――――――――
ベルザリオはメッセージを一瞥し、黒っぽい肌に薄紫のポニーテール、髪と同色の唇の男を思い出す。
アルマロッサ・モモリシア。会社帰りにジムに行くタイプの、新しい課長となったパワフル系上司だ。
ベルザリオは彼に呪詛返しの方法を引き継いだことを思い出し、部下たちの甘えに「フン」と鼻を鳴らし、スクショしてほくそ笑んでからアプリを閉じた。
そして、チャットルームを退室したのち、アプリをごみ箱に捨てた。これでもう、ベルザリオを縛る『くだらない仕事』はない。
これからの彼にあるのは、グリングリン呪術工房での『わくわくする遊び』なのだ。
「ベルザリオ?」
「いや、なんでもない。畳職人は地上から召喚しよう」
「どんな奴にします?」
「異世界転生に憧れる者なら、『世界を救ってくれ』と言えば一発で釣れる。勝手に『剣と魔法の世界に行ける』と早合点するからな」
「ベルザリオ、それ詐欺っていうンだぜ?」
こうしてグリングリン呪術工房に召喚された『異世界転生希望の畳職人』は、最初こそ「やった!異世界だ!これで俺もチートスキルで女の子たちとモテモテハーレム!」と喜んでいたが、「ようこそ地獄へ」というベルザリオの挨拶に泣いて気絶した。
哀れ畳職人、彼が得たのはチートスキルでもハーレムでもなく、ベルザリオという名のパワハラ上司のいる厳しい畳作りの職場だったのだ。それも、『レムロス星人の鋭い爪によって破壊される、驚くほどに安価で売られる使い捨ての爪研ぎ用の畳』の。
しかし畳職人は強かだった。彼は気絶から回復すると、工房内の失敗の畳ガ○ダムを見上げ、腕を組んでニヤリと笑った。
「俺の畳職人スキルで、この粗末な畳ガ○ダムを最強チート仕様にしてやるよ」
「ウン、そうして」
「あっ、ダメだこの工房」
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