第42話「復讐を遂げるための、電子レンジ兵器(1)」

 この日、ソルソルは地獄企画庁にて、とんでもないヘマをやらかした。

 そのおかげで、ベルザリオは髪からチリチリと煙を上げ、眼鏡が半分溶けている。


「ソルソル、また貴様のミスだな?」


「も、申し訳ございませんベルザリオ課長!電子レンジ兵器の術式の外部発注の際、ゼロの数を3桁間違え、威力が1000倍の大量破壊兵器と化してしまい……!」


「1桁ならまだわかる。2桁で二度見する。だが、3桁はない。貴様は一体、何をやっている?」


 チリチリのベルザリオの手には、ブブおじいちゃんの手作り弁当。中身はアスモニクス家に伝わりし秘伝の唐揚げがたくさん詰まっている。


「今朝、例の電子レンジを使い、お弁当の唐揚げをチンしたところ……私は真っ白な光と熱に飲み込まれ、咄嗟にオフィスと唐揚げに結界を張ったが……その結果が、こうだ」


 まあ、オフィスを守ったのはわかる。だが、何故ベルザリオは己の身を後回しに『たかが唐揚げ』に結界を張ったのか。 

 ソルソルは上司の朝のお弁当に『早弁かよ……しかも手作りだし。誰が作ったんだよ』と咎めたかったが、今はそれどころではない。とんでもないミスを責められているのだ。黙っているほかない。謝るしかない。


「申し訳ございません!しかし、図面のややこしい数式に『1.002』と書いてあったので、目が霞んで『1,002』と見間違えてしまい……」


「目が霞んで、か。貴様は昨日も夜遅くまでマ○クラをしていただろう。私の悪口を言いながらパリの街並みを作り、ゲーム機の画面に顔を近づけチマチマチマチマと……おそらく、そのせいだな」


 全てを見透かすような、ベルザリオの瞳。

 確かにソルソルは昨日も夜遅くまでマ○クラに勤しみ、ラザニエルにベルザリオの愚痴を言いながらパリの街並みを作っていた。

 それを、目の前の上司に全て知られている。


「な、なんでそんなこと、ベルザリオ課長が知ってるんですか!パリと悪口のことをセットで知ってるなんて、明らかにプライバシーの侵害ですけど!?」


 どうやって知ったのかは分からないが、ソルソルにとって、『いつも自分の行動を当ててくる上司』というのは、自分のだらしない毎日を監視されているようで恐怖でしかない。


「そのような『気がした』だけだ。鎌をかけたとも言うな」


「そんなピンポイントで『気がした』だけって、ほぼエスパーじゃないですか!?じゃあ昨日、俺が鏡に向かってキメ顔してたときも……キメ顔してる『気がした』ってこと……!?」


「それは知らんが?」


「言い損!」


 今も尚、ソルソルの行動は『ベルザリオの眷属のハエ』によってリアルタイムで上司の脳内で再生されている。

 ベルザリオはこうして、サボりがちな社員を監視しているのだ。


「そ、それで……ベルザリオ課長をチリチリにした電子レンジは、どうすれば……?」


「全て貴様が責任をもって買い取れ。さもなくば、数字の桁を間違える貴様の瞼を、二度と開かんようホチキスで止めてやろう」


「あ、の……うち、貧乏なので買えな――」 


「ないなら借りればいい。できなければ、永遠に目を閉じているといい」


「ひ、っ……!う、うわあああああ!!!」 


 ソルソルはベルザリオから逃げるように、オフィス内を全力ダッシュ。情けない走り方でよろめきながら、大泣きで会社から逃げ帰り、ラザニエルとデストロイヤーの待つ202号室へ転がり込んだ。


「うわあああああん!!!ラザ、デストロイヤー様、俺、もう会社行けない!もう耐えられない、辞める!!!」


 モフモフの腹にボスン!と飛び込んだソルソルは、デストロイヤーの柔らかい毛に覆われたムキムキの4本腕でぎゅっ、ぎゅむむ、メキメキメキ!と抱き締められる。


「痛い痛い痛い!!ギブギブギブ!!!」


「小間使いよ。上司に一矢報いることもなく、辞めてよいのか?そなたは復讐すらできんような骨のない悪魔ではなかろう?」


「骨、折れちゃう!!折れちゃうから離して!!」


 デストロイヤーはようやく、可哀想な悪魔を離してやった。

 床に小さくなってしまったソルソルは、三角座りで弱音を吐く。


「…………もう会社なんて、行けない……ベルザリオ課長には、絶対に勝てない……」


「しかしこのまま辞めれば、今後一生、上司が夢枕に立ち、夢の中で小間使いを拷問し続けることになるであろうな」


 涙目のソルソルは、これから一生夢の中にベルザリオが出てくることを考え、ゾッとした。

 であれば、一矢報いるのは人生で最も大切なターニングポイントになるだろう。


「でも、どうやって一矢報いるんだよ……」


 ソルソルの様子を、巨大なハエが眺めている。

 ラザニエルはもう、このハエの正体に気付いている。


「ねえデストロイヤー、そこハエいるよ」


「ウワーーッ!!!」


 ボッ!という轟音。

 虫嫌いのデストロイヤーの放った拳、その拳圧により、ハエは気絶して床に転がった。


「拳圧だけで、倒した……だと……!」


「はい、ゴミ箱くん。食べてね」


 ゴミ箱モンスター『異界の口』は床に落ちたハエを『ゴヒュッ!』と吸い込み、これでもう、監視の目はなくなった。

 後から後からまた来るハエだが、それまでにはまだ時間がある。


「で、一矢報いる方法だけど。ソルソルは酔っぱらってべろんべろんになると、いつもこう言うんだよ」


「え、なんて?」

 

「『俺の電子レンジ兵器でいつか、ベルザリオ課長の恥ずかしい秘密をチンできれば――』って。それで『チンした秘密をSNSにピロリロリン♪って共有しちゃいたいな♡』って」


 それは一見、日本語として成立していないように見えるが。

 ソルソルは考え始めていた。

 自分の作った電子レンジ兵器で、ベルザリオ課長の恥ずかしい過去を『再生する』ための呪術を。


「……俺でも書ける術式は、『忘れんぼうの術式』、それから『懐中電灯』と、あとは『スベってる漫才の笑い声の水増し』……それから……」


「忘れんぼうの術式ってアレでしょ?『物体に宿った人の記憶』を2週間前まで辿れる、『何をしていたのか思い出せないときに使う呪術』だよね?ソルソルがよく使ってるやつ」


「でもそれでベルザリオ課長に復讐するにしても、あいつが2週間以内に『恥ずかしいこと』をしてないと無意味だし……あっ!」


 ソルソルが思い出したのは、『あの』失敗作のレンジ。


「どうした?」


「2週間、って……1000倍にすれば、38年だよな……?」


「そうだね。それがどうし――」


「あの失敗作の電子レンジ、呪術の効果を1000倍にする術式になってる。じゃあ、『忘れんぼうの術式』をあのレンジに組み込んで、『爆発』を外せば……!」


 完璧な思い付きに、ソルソルはニヤリと笑う。

 あとは次の会議の日までに、1000倍忘れんぼうの術式レンジを完成させるだけだ。


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