第41話「【なぜ、彼らはルームシェアを始めたのか】」

 その日、ソルソルは地上の居酒屋で酒を飲んでいた。同僚数人による、ベルザリオ課長の愚痴大会をしていたのだ。


「ベルザリオってさぁ~、ヒック、今んとこ弱点ナシじゃん?なんか~、恥ずかしい秘密とかないんかな~ヒック、私服ダサいとか~、実はおじいちゃんっ子とか~」


「あ~~ッ、仮にそうだとしたらさあ、会議室で恥ずかしい秘密の映像バーッと流してやりてえなあ!」


「俺の電子レンジ兵器でいつか、ベルザリオ課長の恥ずかしい秘密をチンできれば――」


 すでに同僚たちは酒が進み、ほとんど酔いつぶれていた。ソルソルだって、そのうちの一人だ。

 飲み会は深夜1時まで続き、解散する頃には全員千鳥足。


「…………うっ!」


 ソルソルはそれから、地面に倒れたことだけは覚えている。そしてその日は、どうやって家に帰ったかわからなかった。


 *


 翌日、ソルソルが目を開けると、なぜか部屋にはしじみの味噌汁の香りが漂っていた。

 一人暮らしのはずの部屋には、他の誰かの気配。


「誰か、いんの……?」


「うん、いるよー。今、しじみ汁作ったから持ってくね」

  

 ソルソルの、何とは言わないけれどびちゃびちゃになった服は洗って乾かされ、代わりに新品らしきオーバーサイズのシャツを着せられている。


 一体、誰がこんなことを。


 しじみ汁を持ってきたのは、美しすぎる顔面をした知らない男だった。ソルソルは一目見て、天使だと思った。


「え、あんた……もしかして、何の見返りもなく助けてくれた……?」


「見返りのために助けたんだけど?ほら、しじみ汁飲んで」


 出されたしじみ汁は、普通のしじみ汁とは違って紫色と緑色のマーブル模様になっていた。

 どうみても毒。でなければ海に広がる重油。

 ソルソルの顔が、ザーッと青ざめる。


「飲めるわけねーだろ!見るからに『毒』だし!あと見返りってなに!?怖っ!!」


「見返りかあ。僕ね、今日の晩ごはんは商店街のポテトコロッケ狙ってるんだよ。さ。飲んで」


「めっちゃ話逸らしてくるじゃん!これドラマとかで凶悪犯がやるやつ!あとしじみ汁は飲まない!酔いはもう覚めたから、今ので!」


 ソルソルは『まだ転生したくない』という一心で、凶悪犯(暫定)に背中を向けて逃げることだけはしなかった。

 だが、相手は上背も高く、筋肉質。

 向かい合っていても、中肉中背のソルソルに勝ち目はなさそうだったが。


「怖がらなくていいのに」


「家に知らない男がいるだけで、その時点でアウトなの!わかる!?だから帰って!お願い!」


「……仕方ないなあ。『ポイント狩り』は失敗かあ」


「ポイントって、何の……!?」


 そんな恐ろしすぎることを言って、顔のいい男は帰っていった。

 ソルソルはこの件のせいで、『もう2度と酒は飲まない』と決心した。


 が、翌日。

 ソルソルはまた同僚の飲み会に巻き込まれ、酔いつぶれて地面に倒れてしまった。

 そこからは、前日とまるで同じ流れを辿ってしまう。


「やあ、昨日ぶりだね」


「ウワーーッ!!!」


「怖くないよ、怖くないよー」


「怖いから帰って!マジで帰れ!」


 その翌日もまた、ソルソルは酔いつぶれ。

 部屋には『ポイント狩り』をしているという、あの男。


「やあ、しじみ汁なら練習したんだ。ほら、しっかり出汁もとれて、ゲーミングカラーで美味しそうでしょ?」


「なにそのしじみ汁!!キッッッショ!!」


「うーん、まだ改良の余地ありかな。きみはいつでも地面に転がってるから、いつかは飲んでくれるかなって思って」

 

「お、お前は何が狙いなんだ!俺んちにばっか入り込んで!うちは貧乏だから盗むモンも何もねえぞ!」


「何が狙いって……今日は白玉団子の、ホイップクリームとフルーツが乗ってる串のやつ」


「ああ、うん、商店街のそれ、美味いよな……?」


「わかる!?僕たち気が合うね!ねえ、今度一緒に商店街巡りしようよ!どうせまた、きみは地面に倒れてて、僕が拾って介抱することになるんだからさ」


「怖いよおおお!!!」


 ソルソルは『禁酒!!!』と書いた紙を部屋に張った。筆で半紙に下手くそな字で、何枚も何枚も書いてはベタベタ張った。


 それでもソルソルは、次の日には同僚に飲み会に誘われ――


「やあ、また来ちゃった」


「おー……なんかもう、慣れたわ」


 ソルソルは、この異常な環境に適応した。

 そして日曜日には、2人で商店街巡りをすることになった。


「そういえば、名乗ってなかったね。僕はラザニエル。天界から来た天使だよ。きみは?」


「……ソルソル。地獄企画庁っていう一流企業で働いてて、仕事で地上に来てる悪魔」


「一流企業!すごいね!」


「……まあな」


 ソルソルは虚無の顔をしていたが、このときのラザニエルはまだ何も気付いていなかった。

 ただ、一流企業すごいなあ、と思っていただけで。


「ああでも、どうしよ。ソルソルに怪しい人扱いされてたせいで『徳ポイント』が貯まらなくて、商店街のタダ食いツアーはできないなあ」


「徳ポイント……?うわーーっ!感謝しとけばよかった!でもラザニエルも悪いんだからな、あんな怪しいやり方で……」


「ラザでいいよ。僕たちもう友達でしょ?」


「距離の詰め方が怖い!!!」

 

「まあなんでもいいけど、今日はソルソルがお金出して」


「何が『まあなんでもいいけど』なの?俺の金だよ?」


「ほら、人のお金で食べるスイーツは美味しいから。でも、次からは僕が奢るよ」 


 ソルソルは『次からは奢る』という言葉に負け、もしかしてこいつが一緒にいれば、徳ポイントで合法的にタダ食いできてお得なのではと打算的な考えでニヤリとした。


「なあ、ラザニエル。これからも俺、たぶん酒飲んで潰れるからさ。だから、俺んちに住まねえ?」


「えっ、いいの?」


「いーのいーの!いつまでも居ろよ!」


 とまあ、このように打算的な感情で始まったルームシェアだったが。

 なんやかんやで馬が合い、一緒にゲームをやり、暇な時間には2人でスイーツを食べるのが妙に居心地よくて。


 最悪の出会いをしたラザニエルとソルソルは、こうしてじわじわと、知らないうちに親友と呼べる間柄になっていったのだった。

 

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