第28話「宇宙生物を飼った。増える家賃と、終末」

 山奥からX32、もといリングネーム『デストロイヤー・エックス』を連れて、第六天魔ハイツへと向かうふたり。

 木々の枝を避け6足歩行で歩く宇宙生物、その背を撫でながらデレデレするソルソルに、ラザニエルは不満げだ。


「ソルソル、本当に飼うの?」

 

「飼う」

 

「宇宙生物だよ?何食べるかわかんないよ?」

 

「恒星の光を浴びて栄養を取るんだよ。そういう儀式してただろ?」

 

「でも煮干しも食べるって。こんな奴、絶対キロ単位で食べるよ?」

 

「大丈夫だって、たまに買うくらいでいいって言ってたし」

 

「そもそも僕は『非公式の地球の支配者』がいるのが気にくわない」

 

「あーそれが本音?」

 

「うん」

 

「『惑星レムロス・レスリング協会公式の贈呈式』で地球あげてただろ。書類の上では、下手すりゃラザより公式だぞ」

 

「ソルソルはどっちの味方なの!?」


 泣きそうな顔して、駄々をこねるラザニエル。

 新しい202号室の仲間となるだろうデストロイヤーはというと、もう眠たそうに大あくび。

 鋭すぎる牙がギラリと見えるが、それすらもうソルソルは可愛く思っているのかデレデレしている。


「でもさあ、このまま放置できるか?」

 

「うん。一生を山奥で過ごしてクランクアップするといい」

 

「ひっでえ!おま、あんだけデストロイヤー・エックス頑張れって応援してたじゃん!」

 

「デストロイヤーは地球の所有権のくだりでアンチになったから。僕の知ってるちびっこレスラーはもういない」


 完全に意地になってしまったラザニエル。

 が、地球の所有権のことは、デストロイヤーだって譲れない。


「ところで、そなたは『誰の許可を得て』地球を己の物と宣うか」

 

「神だよ。言っとくけど、神様は僕のおじいちゃんだから」

 

「ハ、嘘だな。麻呂たちの崇める闘神十二柱に、孫を持つ者はおらぬ」

 

「うーわ、これめんどくさいやつだ。別の宗教の人に説明とか、ほぼムリなやつ」

 

「うん。これもう永遠に平行線だよ。千年話しても戦争にしかならない」


 やがてアパートにたどり着き、大家のいる101号室に声をかければ、ペットの許可はすぐに下りた。

 猫を飼うと話したところ、壁や柱で爪を研いだ場合は弁償になると説明されたが。

 

 それと、問題を起こせば向こう3ヶ月、家賃5000円アップとのこと。

 ちゃんと去勢してね、と大家は言ったが、宇宙生物の去勢など専門家が誰もいないため、そこは愛想笑いで通した。


「僕に逆らったら金の玉がなくなると思え」

 

「煮込み料理になりたいか、貧弱鳥」

 

「ほらほら、ケンカしない。ここが202号室ですよ、デストロイヤー・エックス様」

 

「そなたも『デストロイヤー・エックス』と長いリングネームで呼ぶな。麻呂のことはデストロイヤーかエックス、必ず『様』か『殿下』をつけて呼……せっま」


 202号室へとデストロイヤーを誘い込むソルソルだったが。

 立ち上がれば2メートル30センチになる巨体には、狭い1DKのアパートは些か面積が足りなさすぎた。

  

「いと狭き、鳥小屋よ……」

 

「そうだよ。僕たちの部屋はとーーっても狭いの。それでもよければ、一緒に住もう?」


 にーっこり、どうせ住めないだろうと煽るラザニエルだが。

 デストロイヤーは6足歩行のまま部屋に上がり、のしのしとキッチンの横まで歩くと。

 

「ほ。貧弱鳥、この狭き鳥小屋に住んでおきながら『神の孫』を名乗ったのか!?プッ、ククク、ハハハハハッ!」

 

「人のこと、笑える身の上?きみ、この星の『貧弱な人間』に負けたんだよ?レムロス星の、ちびっこレスリングのチャンピオンともあろう者――」

 

「ガルルルゥウッ!!!」

 

「いや煽り耐性ゼロか!!!」


 デストロイヤーはラザニエルの頭を上の右腕で掴み、キッチンの硬いところで岩でも割るように叩きつけた――が、神の手で200年かけて創られた存在は無傷。

 代わりにキッチンが凹み、さらにブン回されたことで横のガラス窓が割れ、ソルソルの『使わないけど持っているだけでプロっぽく見える香辛料たち』が吹き飛んだ。


「デストロイヤー様、ストップ、ストップ!ほら、俺の雪○だいふくあげるから!」

 

「……なんだそれは」

 

「平安時代にはなかった甘味……あっ」


 ソルソルの足元に着陸したのは、大家から飛ばされたわら半紙の紙飛行機。

 開いてみれば、マジックでこう書いてある。


 《あのさあ、早速うるさいよね。普通の10倍くらいうるさいから――向こう3ヶ月、家賃プラス5万ね》


「はぁーー!?家賃プラス5万!!?」

 

「えっ」

 

「ラザ……これから3ヶ月、小遣いナシになるよ……」

 

「小遣い、ナシ……ハハ、ハハハ。デストロイヤー。きみのせいで、これから地球終了ね。そうすれば、もう『地球は誰のもの論争』だってしなくていいし、きみにも会わなくていい……」


 世界を終わらせる天使の手で、異空間から引きずり出された終末のラッパ。

 ラザニエルは、天に向かってラッパを構え。


 ぶおおおおお!!!


 思いっきり吹くと同時、空が赤く染まり、嵐が吹き荒れ、不気味な終末の音が鳴り響く。

 

「小間使いよ、あれはなんだ」

 

「あれ、この星が終わる前触れだから。ラザが本当に神様の孫ってこと、なんとなくわかっただろ?」

 

「この星が、終わる……?何を身勝手な。麻呂の許可も得ず、青い星を終わらせるなど許さぬぞ!!!」

 

「許さない?『地球の支配者』なら、自力で地球存続の方法を考えなよ。できるよね、公式なんだもんね?」


 不覚にも、デストロイヤーは震えた。

 武者震いではなかった。肉球からはジワリと汗をかいていた。

 なのに目の前の、悪魔という小さな生き物は。

 

「ラザ、これからプリン凍らせて食べるけど、どうする?いる?」

 

「いる」


 赤い空は、青い星らしい色に戻りつつある。

 終末の音も、徐々に遠くへ去っていく。

 ラザニエルにとっては、猫との喧嘩で世界を終わらせるより――親友とのスイーツタイムのほうが大切なのだ。


「え、小間使い……まさか、そなたが、こやつの手綱を握っておるのか……?」

 

「手綱っていうか、ラザは俺とスイーツ食べる時間が好きなんだよ」


 ゴミ箱モンスターの『異界の口』が割れたガラスに寄ってきて、ゴヒュッ!と音を立てて吸い込みに来た頃。

 ラザニエルの怒りは、とっくに忘却の彼方に吸い込まれていた。

 お金がなくなるショックなんて、やがて訪れる甘いおいしさに、簡単に溶かされてしまうのだ。

 

「ソルソル、プリン買いに行くよ!」

 

「デストロイヤー様もいる?」

 

「……いる」 

 

 たぶん一生、デストロイヤーはラザニエルと仲良くなれないけれど。

 そこにソルソルさえいれば、きっと地球は今日も終わらない。

 

 ラスボスめいた宇宙生物にとっての救世主は、不思議なことに闘神十二柱みたいなムキムキではなく――この中でいちばん弱い、とても貧弱な悪魔だったのだ。

 

 

 

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