本日、この世界から香車が消失しました。

ゆいゆい

第1話

「将棋界激震 香車が姿を消す」


 20xx年某日、各メディアが意思を示し合わせたかのように、言葉に多少の違いがあれどこの記事を一面に掲載しました。今日、津々浦々すべての棋戦から香車が消えてしまったのです。

 わが国では、将棋というボードゲームが国民に広く普及しています。これには日本将棋連盟が深く貢献していまして、棋士の育成や文化の継承など、多岐にわたって活動をしているのです。

 ただし、駒の動かし方や二歩、打ち歩詰めといった基本的なルールについては、実は将棋の駒達自身が話し合って決めているのです。駒達の談合は関東将棋会館の地下にて行われているようで、このことは日本将棋連盟のトップを含めごく一部の人間しか知らない極秘事実となっているのです。参加している駒達は一流の駒師(駒を作る専門的職人)が手掛けたものに限られ、すべて合わせて100枚ほどになります。


 ただ、話し合いとはいっても今更将棋の根本的なルールが変わることなんてそうはありません。歩兵は前にしか進めませんし、飛車と角行はそれぞれ1枚ずつしか開始時は場にありません。もう何百年にもわたってルールに変化などなく、談合は義務だからしかたなくやっているというのが駒達の本音だったのです。そう、先ほどの記事が出回る前日の談合も、何事もなく終わるかと思われていたのですが……。


「再度申し上げます。私達香車は対局における処遇の改善を求めます。それが実現しないようであれば、明日からすべての棋戦の参加をボイコットさせていただきます」

 まさに晴天の霹靂です。発言したのは、本日参加した10枚の香車さんのなかでもっとも古くに作られた故香月空雲氏作のそれで、きりっとした目つきが威厳を感じさせます。他の駒達は突然の一言に騒然とし、半ばパニック状態になってしまっています。


「ちょっと待ってくれないか。突然そんなことを言われても叶えられるはずがないではないか。どうか、今一度考えなおしてはくれぬか」

 そう切り返したのは議長である王将さんです。位が高い王将さんおよび玉将さんはそれぞれ2枚ずつ参加しており、談合をまとめる中心的な存在となっています。なかでも、今発言した王将さんこそがこの談合の議長であり、長い白髭がとても目立っています。この議長こそが何十年にわたってこの談合を司ってきたのです。


「議長。お言葉を返すようですが、この議題はこれまでにもたびたび挙げられており、そのたびにお茶の濁されたというのが実情です。私達は、これまで我慢を強いられてきましたがもう限界なのです」

 代表して語る香車さんの後ろに控えるほかの香車さんから「そうだそうだぁ!」と、圧のある声が轟きます。これには、ほかの駒達もすっかり困り顔になってしまっていました。


 

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