第6話 商いと支援のあいだで
【施行6日目・店長の帳簿】
――道北・豊田呉服店・田中健吾――
1 午前七時三十分、店の事務所。
蛍光灯の下、帳簿の数字が赤を吐いている。
先月比-12.4%。
原因欄に「条例財源負担増」とだけ書いてある。
30万円の見舞金――その財源の半分が商店街交付金から。
レジの引き出しを開ければ、小銭の音が寂しい。
妻の紀子が、お茶を置く。
「今日も‘道北産’の反物、仕入れない?」
「資金が回らない。見舞金の負担で、活性化策が凍結だ」
窓を叩く春雨が、看板の「呉服」の文字を滲ませる。
数字の雨だ、と思う。
2 午後一時、商店街中央の掲示板。
本田会長が、マスキングテープで「町内会だより」を貼っている。
端が剥がれかけ、風にひらひら。
「会長、これじゃ商売が立ち行かない」
私は、赤字の試算表を突きつける。
「健吾ちゃん、支援は命のためだ。商店街も人なきゃ商売なし」
「経済が崩れれば、地域は滅びます!」
声が裏返る。レジの音が脳裏で鳴る。
会長は、古びた手帳を開く。
1970年代の町内会名簿、マスキングテープで補修された背表紙。
「この頃、呉服店の暖簾を皆で洗った。商いは洗い直しで始まる」
言葉が、数字では測れない重さを持つ。
春雨が、私の肩を濡らす。
3 午後三時、北・ほっかいどう総合カウンセリング支援センター。
受付の女性が、名刺を差し出す。端が少し折れている。
「商店街と支援のコラボ、歓迎です」
私は、企画書を広げる。
「被害者家族向け‘応援袋’。道北産の小物を詰め、割売りで利益の10%を基金に。商売と支援、両立させます」
「地域格差を埋めるのは、制度より信頼です」
その瞬間、レジの音が遠のいた。
代わりに、織機の低い響きが聞こえる。
商いとは、人と人を繋ぐ布を織ることだ。
私は、初めての青字で「収支予想」を書き始める。
4 夜八時、自宅。
縁側に、孫の通学帽が干してある。
「今日も会長に負けた……でも、正しい敗北だ」
紀子が、茶を注ぐ。
「あなたも会長のように、商店街を支えられる人になれたね」
私は、名刺を握りしめる。折れた端が掌に食い込む。
「明日から、応援袋を作る。経済と支援、両立させる」
帳簿を開く。赤字の横に、小さな青い丸。
「第一号、佐藤真理子さんへ」
文字が滲まないよう、ゆっくりと線を引く。
春雨が上がり、星が一つ、看板の上で瞬く。
商いの灯り、今夜も消さない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます