第29話
俺たちの目の前には、白く輝く石でできた古代の神殿がそびえ立っていた。
天空の祭壇が、俺たちを待っている。
リックが、ごくりと息をのんだ。
「すげえ、本当に雲の上にある神殿なんだな」
その声には、興奮とおそれが混じっていた。
セレスティアも、感心したように祭壇を見上げている。
「これが、古代人が神をまつった場所なのですね。わたくしたちの常識を超えていますわ」
彼女の言葉には、騎士としての冷静さの中に隠せない感動があった。
祭壇の入り口には、巨大な一対の扉が固く閉じられている。
その表面には、翼を持つ女神の姿が美しく彫られていた。
「さて、どうやって入るんだ。また何か仕掛けがあるのか」
リックが、用心しながら扉を観察する。
俺は、そんな彼に静かに言った。
「いや、この扉に鍵はかかっていない。ただ押せば開くはずだ」
「え、本当かよ。そんなに簡単なのか」
「ああ、ここは試練の場所だが招かれざる客を拒む場所ではないからな」
俺の言葉に、リックは半信半疑の顔をした。
それでも、俺の言うことを信じてゆっくりと扉に手をかける。
そして、仲間と顔を見合わせてから力いっぱい扉を押した。
ゴゴゴゴ、重い音を立てて巨大な石の扉がゆっくりと開いていく。
扉の向こうからは、清らかな空気が流れ出してきた。
そして、目にまぶしいほどの白い光が俺たちを包み込んだ。
俺たちは、思わず腕で顔をかばう。
やがて光が収まり、俺たちは恐る恐る目を開けた。
そこに広がっていたのは、信じられないほど美しい光景だった。
祭壇の内部は、すべてが白い大理石でできている。
壁も床も、そして天井までもが磨き上げられて鏡のように輝いていた。
天井には、巨大な水晶がいくつも埋め込まれている。
その水晶が、外の太陽の光を集めて内部を明るく照らしているようだった。
「きれい、まるで天国みたい」
リナが、うっとりとした声でつぶやいた。
ミリアも、その夢のような光景に言葉を失っている。
俺たちは、ゆっくりと祭壇の中へと足を踏み入れた。
入り口の広間を抜けると、奥へと続く一本の長い廊下が伸びていた。
その廊下の両脇には、等間隔で石の柱が並んでいた。
柱には、古代の神々の戦いの様子が描かれている。
「アッシュ、ここからはどう進むんだ。道は一本道みたいだが」
リックが、少しだけ不安そうな声で尋ねた。
「ああ、道なりに進むだけだ。ただしここからは本当の試練が始まるぞ」
俺は、そう言って廊下の先を指差した。
その先には、一体の石像がたたずんでいる。
それは、よろいをまとった兵士の姿をしていた。
手には、石でできた巨大な剣と盾を構えている。
「あれはガーディアンだ、この祭壇を守る古代のゴーレムの一種だよ」
俺の説明に、リックたちがごくりと息をのんだ。
「あいつを倒さないと、先に進めないってことか」
「そうだ、しかも一体だけじゃないぞ。この先何体も同じようなやつらがいる」
「マジかよ、骨が折れそうだな」
リックが、そう言って自分の剣の柄を握り直した。
セレスティアが、冷静に相手を観察している。
「あのゴーレム、ただの石像ではなさそうですわね。かすかに魔力を感じます」
「ええ、その通りです。あれは古代の魔法で命を吹き込まれた魔法生物です」
「物理攻撃だけでは、おそらく倒すことはできないでしょう」
俺の言葉に、セレスティアは驚いたように目を見開いた。
「あなた、なぜそこまで詳しいのですの。まるで実際に戦ったことがあるかのようですわ」
「さあ、どうでしょうね。ただの勘ですよ」
俺は、そう言って彼女の鋭い視線をはぐらかした。
俺たちは、ゆっくりとガーディアンへと近づいていく。
俺たちが、一定の距離まで近づいた瞬間だった。
今まで石像のように動かなかったガーディアンの目が、カッと赤い光を放った。
そして、ギシギシという音を立てて動き始める。
「来たな、全員戦闘準備だ」
俺の号令で、全員が武器を構えた。
ガーディアンは、石の剣を大きく振りかぶる。
そして、一番近くにいたリックめがけてそれを振り下ろした。
「うおっ!」
リックは、とっさに盾でその攻撃を受け止める。
ガキン、耳をつんざくような金属音が響き渡った。
リックの体は、その衝撃で数歩後ろへ下がる。
「くそっ、アイスゴーレムと同じくらい重い一撃だぜ」
「リック、下がりなさい。わたくしが前に出ますわ」
セレスティアが、リックの前に躍り出た。
彼女の、白銀の剣がひらめきのようにきらめく。
高速の突きが、何度もガーディアンの体に突き刺さった。
だが、ガーディアンの硬い石の体には傷一つついていない。
「やはり、物理攻撃は効果が薄いようですわね」
セレスティアが、悔しそうに唇をかむ。
「ミリア、あなたの魔法で!」
リックが、後ろにいるミリアに叫んだ。
「はい、【ファイアランス】!」
ミリアの杖から、炎のやりが放たれる。
炎のやりは、ガーディアンの胸に見事に命中した。
だが、ガーディアンは少しも気にした様子がない。
その体は、炎で少し黒く焦げただけだった。
「そんな、火の魔法も効かないなんて」
ミリアが、絶望的な声を上げる。
「アッシュ、どうすればいいんだ。あいつ無敵じゃないか」
リックが、助けを求めるように俺を見た。
俺は、そんな彼らに静かに告げる。
「落ち着け、どんな敵にも必ず弱点はある」
「あいつの弱点は、魔法攻撃じゃない。属性を付与した物理攻撃だ」
「属性を、付与する?」
俺の言葉に、ミリアがはっとしたような顔をした。
「そうです、エンチャントですわね。武器に魔法の力を宿らせる」
セレスティアが、俺の意図を正確に理解してくれた。
「ミリア、俺の剣に火の魔法をかけてくれ」
俺は、ミリアに指示を飛ばした。
「は、はい。分かりました」
ミリアが、俺の剣に向かって呪文を唱える。
すると、俺の剣の刀身が赤い炎に包まれた。
「よし、行くぞ」
俺は、炎をまとった剣を構えてガーディアンに向かって駆け出した。
ガーディアンが、俺を迎え撃とうと石の剣を振り上げる。
俺は、その攻撃をひらりとかわした。
そして、がら空きになった胴体に炎の剣を突き立てる。
今までとは、まったく違う手ごたえがあった。
剣は熱したナイフのように、ガーディアンの石の体を貫いていく。
「ギギギギギ……!」
ガーディアンが、苦しそうな音を上げた。
俺はすぐに剣を引き抜くと、今度はその首を狙って横なぎに切り裂いた。
ガーディアンの首が、ゴトリと音を立てて地面に落ちる。
そして、その体は光の粒となって消えていった。
あまりにも、あっけない幕切れだった。
リックたちが、ぽかんとした顔で俺を見ている。
「す、すげえ。あんなに硬かったのに一撃で」
「属性を付与するだけで、あんなに変わるなんて」
「勉強になりますわ、アッシュ。あなたの戦い方はいつもわたくしたちの想像を超えてきます」
セレスティアが、素直に感心したように言った。
俺は、剣の炎を消しながら静かに告げる。
「分かったか、ただ力任せに戦うだけじゃダメなんだ」
「相手の特性を見極めて、一番効果的な方法で戦う。それが本当の強さだ」
俺の言葉に、三人は真剣な顔でうなずいた。
「よし、この調子でどんどん進むぞ。ミリア今度はお前たちの武器に魔法をかけろ」
俺たちは、再び廊下の奥へと進み始めた。
二体目のガーディアンが、俺たちの前に姿を現す。
今度は、俺が見ている前でリックたちが戦いを挑んだ。
ミリアがリックの剣に火の魔法を、リナのナイフに風の魔法をかける。
リックの炎の剣が、ガーディアンの盾を溶かした。
リナの風のナイフが、そのすき間をぬってコアを破壊する。
見事な、連携だった。
彼らは、たった一度の戦いで属性付与の戦い方を身につけてしまったのだ。
その吸収力は、俺の想像以上だった。
俺は、そんな彼らの成長を頼もしく見守る。
廊下を抜けると、俺たちは巨大な円形の広間に出た。
その広間には、全部で五体のガーディアンが俺たちを待ち構えていた。
「うわっ、今度は五体もいるのかよ」
リックが、うんざりした声を上げる。
「しかも、さっきのやつらより少し大きいみたいだぞ」
リナが、用心しながら言った。
セレスティアが、剣を構えながら俺に尋ねる。
「どうしますの、アッシュ。ここは一度引きますか」
俺は、そんな彼女に不敵な笑みを返した。
「いや、こいつらは俺が一人で片付ける」
「え、一人で!?」
仲間たちが、驚きの声を上げた。
「ああ、お前たちには見せてやろう。俺の本当の戦い方をな」
俺はそう言うと、剣をさやに収めた。
そして、丸腰のまま五体のガーディアンに向かってゆっくりと歩き出す。
ガーディアンたちが、一斉に俺に襲いかかってきた。
五本の石の剣が、四方八方から俺に迫る。
絶対に、逃げられない状況に見えた。
だが、俺の表情に焦りはなかった。
俺は、その場で目を閉じる。
そして、覚えたてのスキルを発動させた。
【風の精霊の祝福】
俺の体を、淡い緑色の光が包み込んだ。
次の瞬間、俺の姿はそこから消えていた。
いや、消えたのではない。
風と、一つになったのだ。
俺の動きは、もはや目で追うことのできない速さになっていた。
俺は、ガーディアンたちの攻撃をすべて紙一重でかわしていく。
そして、すれ違う瞬間に関節の部分を素手で的確に壊していった。
ゴトリ、ゴトリとガーディアンの腕や足が次々と地面に落ちていく。
ガーディアンたちは、何が起こっているのか理解できないようだった。
やがて、五体すべてのガーディアンが手足をもがれて動けなくなっていた。
俺は、風の力を解いてゆっくりと元の場所に戻る。
仲間たちが、信じられないものを見る目で俺を見ていた。
「……今の、は」
セレスティアの声が、震えている。
「風の、魔法ですの。いいえそれだけではない、まるであなた自身が風になったかのようでしたわ」
俺は、そんな彼女に答えた。
「これが、精霊の力だ。俺はただその力を少し借りただけですよ」
俺は、動けなくなったガーディアンにとどめを刺していく。
そして、彼らが守っていた扉の前に立った。
「さあ、先へ進むぞ。」
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