第17話
俺の目の前で、三人の若者が深く頭を下げていた。
リックとミリア、そしてリナの三人である。
彼らは俺に弟子入りしたいと、とても真剣な顔で言ってきた。
ギルドの中の視線が、俺たちに集まっているのを感じる。
「……頭を上げろよ」
俺がそう静かに言うと、三人はおそるおそる顔を上げた。
その目には、期待と不安が混じった色が浮かんでいた。
「弟子なんて、俺は取るつもりはない」
俺がはっきりと言い放つと、彼らの顔が分かりやすくがっかりしたものに変わった。
「そ、そんな……。やっぱり、俺たちじゃ迷惑だよな」
リックが、落ち込んだ声でつぶやく。
俺は、そんな彼らを見て小さくため息をついた。
「勘違いするな、弟子は取らないがパーティなら話は別だ」
「え?」
俺の意外な言葉に、三人がきょとんとした顔をする。
「パーティを、組んでくれるのか。アッシュ」
ミリアが、信じられないという様子で尋ねた。
「ああ、ただし条件がある」
俺は、人差し指を一本立てて見せた。
三人は、ごくりと息をのむ。
「俺の指示には、絶対に逆らうな。たとえ、それがどんなにむちゃな命令でもだ」
「それから、俺の過去や力の秘密についてしつこく聞くのも禁止だ」
「この二つが守れるなら、お前たちを俺のパーティに入れてやってもいい」
俺がそう言うと、三人は顔を見合わせた。
そして、すぐにぱあっと明るい表情になる。
「ああ、約束する。絶対に、アッシュの言うことを聞く」
「私も、大丈夫です」
「アッシュ師匠の言うことなら、なんでも聞くよ」
「だから、師匠はやめろ」
俺は、嬉しそうに笑うリナの頭をまた軽くたたいた。
こうして、俺はリックたちと正式にパーティを組むことになった。
パーティ名は、とりあえず「アッシュ一行」という仮の名前にしておいた。
「よし、じゃあさっそく次の依頼を探すぞ」
俺がそう言うと、リックが元気よく返事をした。
「おう、任せとけ。今度は、Dランクくらいの依頼に挑戦してみようぜ」
「いや、Dランクじゃ物足りないな」
俺は、依頼の掲示板の一番上に貼られている依頼書を指差した。
それは、誰もが敬遠するAランクの依頼だった。
「竜の谷に住む、レッドドラゴンの討伐」
その文字を見た瞬間、ギルドの中が騒然となった。
「……え?」
リックが、固まったまま動かなくなる。
ミリアとリナも、信じられないといった顔で俺を見ていた。
「じょ、冗談だよな。アッシュ」
「本気だったら、どうする?」
俺が、にやりと笑って見せると三人は顔を真っ青にした。
周りの冒険者たちも、あいつは正気かとひそひそ話している。
俺は、そんな彼らの反応を見て満足した。
「……というのは、冗談だ。今日のところは、この辺にしておけ」
俺は、Bランクの依頼書を一枚はがした。
「廃坑に住み着いた、コボルドの群れの討伐」
Bランクとしては、比較的簡単な依頼だ。
「お、驚かすなよ。心臓が止まるかと思ったぜ」
リックが、その場にへたり込んだ。
ミリアとリナも、ほっと胸をなでおろしている。
「行くぞ、お前たち。これは、お前たちのための訓練だ」
俺はそう言うと、受付で依頼の手続きを済ませた。
俺たちは、ギルドを後にして廃坑へと向かう。
廃坑は、アークライトの街から半日ほど歩いた山の中にある。
道中、俺は三人に色々なことを教えた。
効率的な歩き方や、周りの気配を探る方法。
例えば、足音を立てずに移動するには体重移動が重要だと話した。
魔物に出会った時の、基本的な陣形の作り方なども教える。
三人は、俺の言葉を一つも聞き逃さないように真剣な顔で聞いていた。
その吸収力は、なかなかたいしたものだった。
やがて俺たちは、目的の廃坑の入り口にたどり着いた。
入り口は、暗い穴がぽっかりと口を開けている。
中からは、ひんやりとした湿った風が吹いてきた。
「よし、まずは偵察だ。リナ、行ってこい」
俺がそう言うと、リナはこくりと頷いた。
そして、音もなく茂みの中へと姿を消していく。
偵察役としての、彼女の能力は本物だ。
気配を消すのが、とてもうまい。
十分ほどして、リナが静かに戻ってきた。
「入り口の近くに、見張りが二人。奥の方にも、何匹か気配がする」
「罠は、今のところ見つからなかったよ」
彼女は、簡潔に必要な情報だけを報告した。
「よし、上出来だ。じゃあ、作戦を説明する」
俺は、地面に簡単な地図を描いて説明を始めた。
「まず、俺が見張りを動けなくする。その間に、お前たちは中に突入しろ」
「リックは、前衛で敵の攻撃を引きつけろ。ミリアは、後ろから魔法で援護だ」
「リナは、リックの周りを動き回って敵を混乱させろ」
「いいか、絶対に無理はするな。危なくなったら、すぐに引け」
俺の言葉に、三人は真剣な顔でうなずいた。
「行くぞ」
俺は、それだけ言うとリナよりも静かに廃坑の入り口へと近づいていく。
入り口の陰には、二匹のコボルドが見張りをしていた。
犬のような顔をした、人型の魔物だ。
手に持った錆びた剣を、退屈そうにいじっている。
俺は、アイテムボックスから投げるためのナイフを二本取り出した。
そして、ほとんど同時にそれを放つ。
ナイフは、音もなく二匹のコボルドの首筋に深く突き刺さった。
二匹は、声も出せずにその場に崩れ落ちる。
俺は、後ろの三人に合図を送った。
リックたちが、一斉に廃坑の中へと駆け込んでいく。
すぐに、中から剣のぶつかる音と魔法の爆発音が聞こえてきた。
俺も、後を追って中へと入る。
中では、リックたちが五匹のコボルドと戦っていた。
リックが、盾で攻撃を受け止めそのすきにリナが横から斬りかかる。
ミリアは、少し離れた場所から火の玉を放っていた。
初めての、本格的な連携での戦いだ。
だが、その動きはまだぎこちない。
リックが、一体のコボルドを力任せに押し返した。
だが、そのせいで横にいた別のコボルドへの注意がそれてしまった。
コボルドが、リックの脇腹を狙って剣を振り上げる。
「リック、右だ!」
俺が叫ぶと、リックははっとした。
そして、慌ててその攻撃を盾で防ぐ。
危ない場面だった。
「戦いの最中に、一つの敵に集中しすぎるな。常に、周りを見ろ」
俺は、戦況を見ながら指示を飛ばした。
「ミリア、魔法を撃つ場所が悪い。もっと、敵の進路をふさぐように撃て」
「リナ、動きはいいが攻撃が軽すぎる。もっと、体重を乗せろ」
俺は、次々に彼らの悪い点を指摘していく。
三人は、俺の言葉に必死で食らいついてきた。
少しずつ、彼らの動きが良くなっていくのが分かる。
リックは、周りを見る余裕がでてきた。
ミリアの魔法は、敵の動きをうまく止め始めた。
リナの一撃は、確実に敵の体力を削っていく。
やがて、五匹いたコボルドは全て床に倒れていた。
三人は、肩で息をしながらその場に座り込む。
「はあ、はあ……。な、なんとか、勝てたな」
リックが、汗をぬぐいながら言った。
「今の戦い、どうだったかな。アッシュ」
ミリアが、不安そうに尋ねる。
俺は、そんな彼らに静かに告げる。
「話にならないな、今のままではすぐに死ぬぞ」
俺の厳しい言葉に、三人の顔がこわばった。
「でも、勝てたじゃないか」
「運が良かっただけだ。相手が、頭の悪いコボルドだったからな」
「もし、相手がもっと賢い魔物だったらお前たちは全滅していた」
俺は、一つ一つの動きを細かく指摘していく。
リックの不用意な一歩が、どれだけ危険だったか。
ミリアの魔法が、もう少しずれていたら味方に当たっていたこと。
リナの攻撃が、あと一秒遅れていたらリックがやられていたこと。
俺の言葉に、三人はうつむいて何も言えなかった。
自分たちの未熟さを、痛いほど理解したのだろう。
「……だが」
俺は、言葉を続けた。
「初めての連携にしては、まあまあだった。見込みはある」
俺がそう言うと、三人はぱっと顔を上げた。
その顔には、安堵と少しの喜びが浮かんでいる。
「本当か、アッシュ」
「ああ。だから、もっと強くなれ。こんなところで、満足するな」
「「「はい!」」」
三人は、元気よく返事をした。
俺たちは、少しだけ休憩を取ることにした。
ミリアが、リックの腕にできたかすり傷を回復魔法で治している。
リナは、水筒の水を俺に差し出してくれた。
俺は、それを受け取りながら廃坑の奥をじっと見つめる。
この奥に、この群れのリーダーがいるはずだ。
原作の知識によれば、そいつはただのコボルドではない。
罠を使う、知能の高い特別な個体だったはずだ。
「休憩は終わりだ、行くぞ」
俺たちは、再び廃坑の奥へと進み始めた。
さっきよりも、さらに慎重に歩を進める。
リナが、先頭で罠がないかを入念に調べていく。
しばらく進むと、少しだけ開けた場所に出た。
その広間の奥には、石で作られた玉座のようなものがある。
そして、そこに一匹のひときわ体の大きなコボルドが座っていた。
その首には、動物の骨で作った首飾りをかけている。
手には、人間から奪ったであろう立派な片手剣を握っていた。
コボルドロード、この群れの王だ。
「グルルル……。よく来たな、人間ども」
コボルドロードが、低い声で言った。
なんと、人間の言葉を話せるらしい。
これは、原作にはなかった設定だ。
俺の知らないところで、この世界は少しずつ変化しているのかもしれない。
「ここが、お前たちの墓場だ」
コボルドロードが立ち上がると、周りの暗闇からたくさんのコボルドたちが姿を現した。
数は、二十匹以上はいるだろう。
俺たちは、完全に包囲されてしまった。
「うそだろ、こんなにたくさんいたのか」
リックが、絶望的な声を上げる。
ミリアとリナも、顔が真っ青だった。
「アッシュ、どうするんだ。これじゃ、勝ち目がないよ」
俺は、そんな彼らを落ち着かせるように言った。
「慌てるな。数は多いが、所詮は雑魚だ」
「それより、あのリーダーをよく見てみろ。何か、気づかないか」
俺に言われて、三人はコボルドロードを注意深く観察する。
やがて、ミリアが何かに気づいたようだった。
「あ、あのコボルド……。足が、少し不自由みたいです」
「そうだ。よく気づいたな」
コボルドロードは、右足を引きずっている。
おそらく、昔の戦いで負った古い傷だろう。
つまり、あいつは素早い動きができない。
「俺が、リーダーをやる。お前たちは、周りの雑魚を片付けろ」
「三人で背中を合わせろ、絶対に囲みを破られるな」
俺は、そう言うと一人でコボルドロードに向かって歩き出した。
「待てよ、アッシュ。一人じゃ危ない」
リックが、慌てて止めようとする。
俺は、振り返らずに言った。
「お前たちこそ、死ぬなよ」
俺は、剣を構えてコボルドロードと向き合った。
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